東京からのお友達。


ブリュノが泊まった2泊目、27日の晩は、
うちのすぐ近くのクマの友人の誕生日パーティーでした。
アペリティフパーティーということで、食べ物はたくさんないけど、
マグナムシャンペンがたくさん空いて、飲み続けました。
クマは、ひそかに何も食べず、何も飲まずに過ごしていました。
肝臓が悪い彼のこと、こう何日も続くのは良くないことなのです。
みんなラリーも好きなので、連れて行ったブリュノに質問してました。
特に今年はアフリカではないので、南米について聞いているようでした。

そして明けて28日は、
東京からフランスに1週間遊びに来ている2人の女友人を、パリまで迎えに行く日です。
ブリュノが彼の車でパリに向かうと言うので、
私は電車ではなくて、ちゃっかり彼の古いジープに乗せてもらって、
彼女たちとの待ち合わせのレストランまで送ってもらっちゃいました。
ブリュノに、ラリーの無事と健闘を祈り、22日待ってるよと言い残し、
友人が見つけた、素敵なパリのレストランを目指します。

彼女たちに頼んで日本から運び屋をやってもらったので、
キャスターの付いた空っぽのカラカラバッグを引きながら、
レストランに入ると、彼女たちはもう座って待っていました。
さすがは日本人。
もう昨年になるか、4月、パピマミと日本へ行った時、
東京で一緒に食事をした以来の再会です。

アールデコ調の素敵なレストランで、何よりもお店の人が気持ちがいいです。
お手洗いも美しく、日本人を連れて来れます。
そこのポイントは要チェックなのです。
パリが嫌いな私にとって、素敵なものを買えるお店やおいしいレストランなどを知るためには、
長年、東京のフランスフリークの彼女たちが貴重な情報ソースなのです。
私はフランスの田舎もんだから…

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彼女たちが頼もうとするメニューの多くは、
うちでもっと美味しいものが食べられるよ~ と却下させました。
そして彼女たしはカスレ。
私の持っている赤いお鍋、ストーブ製の小さな黒いのに入ってきてお洒落でした。
私は子牛肉を頼みました。
お腹がすいていなかったはずなのに、グラスワインを飲んでしっかりいただけてしまいました。
カスレを大量に残す彼女たちは、やっぱり日本人だわね~。
デザートも3人で一つだけにして正解。
フードバトルのまだ先は長いので、
なるべくいつも気を付けて、少なめ少なめを心がける私でありました。

日曜日でお店は全て閉まっているし、私よりもパリを熟知している彼女たち、
他に見たいみたいものもない、早いとこ田舎に行きたいというので、
荷物を受け取りにホテルに戻ります。
ホテルのすぐ隣に、パリのユザワヤと呼ばれる大きな手芸屋さんがあって、
指をくわえてショーウィンドーを眺めるばかりで、涙でありました。

オステルリッツから電車で1時間ちょっと。
ド田舎の駅にクマに迎えに来てもらって、うちには17時半ころ着きました。
お友達の一人はうちに来るのは初めて、この度マイミクにもなった、ブッキニストさん。

もう一人は私のエキサイトブログの先輩、こちらにもコメントを下さるharumisanさんです。
彼女とは、もう15年前に日仏学院の同じクラスメートとして知り合ったご縁。
6年前には、車で、コルシカ島からイタリアを車で2週間近くまわりました。
パリのお店を手がけはじめた時に、手伝ってももらいました。
そして何よりも、「やっぱりフランスは刺繍よね」とのたまいながら、
私をチクチクの世界にいざなった人なのであります。
最初はババ臭い趣味だと鼻で笑った私が、ここまではまってライフワークとし、
6年経った今、家中に刺繍が飾ってある様子を、彼女は驚いて眺めてくれました。
うれしい~。

その晩は何を食べたっけね~。
残ったシュークルートなんかも出したり、
なんか残りものばかりなのに、彼女たちは喜んでくれた記憶が…

翌日は、月曜の午前中はなかなかお店が開いていないので、
確実に開いている大型スーパーに。
最近の私はAUCHANではなくて、E.LECLERE派で、そちらに行きました。
日本から友人が来ると、みんなものすごい長い時間こういう店にいます。
今回も2時間以上はいたかな?
あっという間に午後になり、お昼ごはんも買ったサンドイッチを車の中で食べるという状態で、
今度はオルレアンの街に繰り出します。
途中お店に引っかかりそうになりますが、お日さまが出ているうちに、と言うことで、
心を鬼にして、まずは観光から。
12月はずっと暗い雨模様の天気だったのに、
彼女たちが来てからずっとお日さまが出てるなんて、晴れ女な人たちです。
よかったよかった。


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まずは定番、オルレアンのカテドラルに入りました。
こちらの教会って、どこもそっくりで、
ちゃんと写真を整理しとかないと、どこだったかわからないね~。
でもまあ日本のお寺もそう言われたら一緒かもね。


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バラ窓も美しい。


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そのバラ窓の下には、やっぱりCRECHEが…
教会のともなると、大きくてとっても素敵です。
でもノエルのカテドラルのミサに、以前、一度マミに付き合って出たことがありますが、
3時間もかかって、長くて、寒くて、疲労困憊、
もう2度と来ないと、心に決めましたっけ…


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各お家のお祈りのお部屋の壁が美しいです。
仏教でいえば、檀家さんの祈祷所ですね。
貴族の方たち専用だったりしたのかしら? ←いい加減な想像なので、信じないでください。


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ちょうど日が明るく射してきて、西側のステンドグラスが美しいです。
オルレアンは、ジャンヌダルクが解放したので有名な街。
毎年5月のジャンヌダルク祭りのパレードには、
日本の姉妹都市、宇都宮からも、高校生のブラスバンドが参加するなど、
観光客でにぎわいます。
オルレアンの人は、それを避けて、街に寄り付きませんが…笑
カテドラルのステンドグラスも、ジャンヌダルクの生涯を説明するお話の絵柄です。
これは最後に、彼女がルーアンで火あぶりの刑に処されるところ。
ルーアンに行った時に、
「ジャンヌダルクが処刑された広場の中世そのままの土」なるものが
公園の真ん中にありました。


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お日さまが当たって、ステンドグラスの色が壁に映って、きれいでした。


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カテドラルの後は、そのななめ向かいの、ホテルグロロに行きました。
以前市役所として使っていたこの建物を、私は二条城と呼んでいます。
襖絵を思い出したからです。
でもほんとは東本願寺の入り口にあった、淀君だったか誰かの他の建物だったかも。
聚楽第ってどんなのだっけ~?
何が言いたいかと申しますと、中がキンキラ金の様子が、
日本のあの時代の秀吉趣味というか、家康の日光東照宮というか…
そんなイメージなのです。

このお部屋で、私とクマは結婚の署名をしたのです。
思い出のお部屋に、2人を連れてこれて、私もうれしいです。


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外に出て、ホテルグロロ越しに、カテドラルが見えます。


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街の中心、ジャンヌダルクの銅像がある、マルトロワ広場。
銅像のまわりにはスケートリンクが設置されていました。
只今準備中で、開くのを待つ子供たちでいっぱい。


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振り向けば、MARCHE DE NOEL クリスマスの市場がこうして立っています。



その後は街をロワール河の方へまた下って、ショッピング。
でも時差のある彼女たち、15時を過ぎた頃、いきなりテンションが下がってきます。
数件お店を回って、お家に戻り、夕飯の支度のお手伝いはいいから…と
お部屋で休んでもらいます。

その晩は、4月には彼女達と麻布十番のお魚屋さんでおいしいお刺身を食した
パピマミが、うちまで彼女たちに会いに来て、一緒にお食事です。

その様子は、また後で…

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by tchierisu | 2009-01-09 02:08 | フランス生活