ブログを長いこと放置してしまいました~

ずいぶん長く、ブログの更新をしませんでした。
こんなことは初めてのことです。
優しいお友達からは、私が病気になったのでは・・・と心配していただきました。
ご心配いただいて、ありがとうございます。040.gif

前回、母がストでパリのオペラを観れずに帰った、その1週間後、
クマと私二人揃っての久方のバカンスで、日本に一時帰国いたしました。
もう、日本って、何で 何もかもがあんなにおいしくて、心細やかなサービスで、
快適な国なんでしょう?
たくさんのお友達にも会って、大変お世話にもなって、
何もかもが至れり尽くせりの日々でありました。
お目にかかるのは初めてでも、生活のこと、好きなもののことは何でも知っている! という、
ネットを通じてのお友達にも、2人もお目にかかることができました。
後半1週間はフランス人友人夫婦を案内しましたが、
よく日本のこと、特に私のことを解ってくれたようで、旅の目的達成でした。

日本でのことは、改めて少し写真などアップしたいと思っております・・・って
夏山のレポートもまだなのに・・・????

11月末に日本から戻り、今回は本当に辛かったでした。落ち込みました。
こちらの生活に、出発前のように順応できなくなっていました。
日本が良すぎたのです。日本の心配りモードがなかなか戻らなかったのです。
もっと鈍感にアグレッシヴにならないと生きていけないここの生活に、
とても抵抗を感じ、戻れなかったというより、戻りたくなかったとでも申しましょうか?
おまけに、時差でまだ疲れ果ている週末、クマの娘が早速やってきて、
翌週末も続けて来るという言葉に、日本ではありえないこのシチュエーション! と
とうとう私は彼女の前で大爆発、泣かしてしまいました。
鬼です。
その出来事に、その後1週間以上、自分自身が傷ついて落ち込みました。
涙がたくさん出ました。

そんなある日、日本で暮らすフランス人のマチュウ君にチャットをしてこぼしたら、
『バカンスだったからだよ』と一言。
そうです。
日本で生活するとなると、それは相当の困難があったのを
フランス人化した私はすっかり忘れて、いい面しか見えなかった今回だったのです。

買って帰ってきた新しいノートブックのソニーバイオも何とか立ち上がり、使えるようになり、
落ち込んで硬くなっていた私の心のベクトルが、
なんとかボジティヴな方向にでも動こうかと、やっと震えだした頃、
12月11日 久々に銀座まで行って戻ってきた父が、具合の悪いのを、
母が鋭く変化を見つけて、救急車を呼んで、入院となりました。
スカイプを点けっぱなしにしてたので、
ピーポーピーポーの音が遠ざかって行くのがよく聞こえて、それはそれは泣けました。
あの音って、とっても物悲しいですよね。
例え、日本で、実家の側に住んでいるからって、
何ができる訳ではないのは良く分かってはいるのですが・・・やはり・・・

母が電話で救急車を呼んで、15分後には4人の隊員の方が4階まで上がってきてくださって、
とても素早い的確な処置、
ピーポーピーポーが遠ざかってから、たったの20分で、
母が携帯から、『脳梗塞が見つかった』とメールを送ってきてくれました。
その間にCT と MRA MRIの検査がもう行われているという、その日本の医療に脱帽でした。
あそこまで早く対処して何かあっても、もう文句の言いようがありません。
フランスだったら手遅れだったかもしれません。
MRAの検査などは、まあ早くて1週間しないと結果は出ないでしょうね。

2年も前から糖尿と動脈硬化を指摘されていながら、煙草もやめず、
全く摂生のない生活を送ってきた父が、なるべくしてなった病気です。
でも本人は、こうなって初めて事の重大さを認識したようです。
母がどんなに言っても、自分のケースではないと、聞く耳を持たず、
病気から目を背けてきたのです。

その後、入院を続けて、病院食と禁酒・禁煙・お薬で、
さしすせそが言えなくなったのや、難しくなった歩行のリハビリを続けて来た父。
最初は血圧が高くて歩行練習もままならなかったものの、外も歩くようになったそうです。
携帯で私とメールのやり取りもできます。
でも明日27日は朝から、局部麻酔で、腕から脳の中の血管にカテーテルを入れて、検査です。
脳を見た後は、今まで痛かった足も、下肢動脈閉塞 で血液が行き届いていないと診断され、
その血流や血管の様子も検査です。
果たして父のもろくなった血管がそのカテーテルに耐えられるか…
リスクが伴います。
だからといって放置しておく話じゃないでしょう。

母はこの検査をとってもネガティヴに考えてしまって、
最悪のことばかりを言います。
「医者はそうやって実験的に手術をして、いい結果を出したいのよ」とか言って、
とっても否定的です。
もうその病院に入ったからには、運命で、
そのお医者様に診断していただいて、
そのお医者様の判断で処置をお願いするしかないでしょう。
母はもう病院にさえも毎日行けないくらいですので、到底無理ですが、
もしかして、私が近くにいたら、走り回って、
この状況をもっと他の病院の他の専門医に相談するべきなのでしょうか?

母にとっての最悪とは、父の『死』ではなくて、意識が無くて生き続けることでしょう。
確かに明日の検査はそのリスクがあるかも知れません。
でもそれって飛行機や車に乗ったら事故に会うかも というのと同じ話ではないかしら?

父がこんな風に倒れたのは、先日私がクマの娘を泣かした、そのバチが当たったんだ・・・
などと、最初は思ってしまいました。
でも、そんな風に考えることは何の役にも立たないので、なんとかやめました。
母は12月中旬にまたパリに来る予定でした。
でもそれは当然キャンセル。
父は、『行ってこい』などと言って、ぜんぜん分かっていません。
早く予約することによって、安くなったホテルの部屋は、キャンセルが利かず、
私も一緒に観るはずだったオペラはもちろん、母が一人で観る予定にしていたバレエも
私がわざわざパリに宿泊して観ました。
クマもパリで仕事があるという前の晩は、一緒に泊まってくれました。
でもどうしても1週間ぶっ通しでパリに滞在することはできず、
たくさんのお友達に声をかけましたが、皆さんノエル前の忙しい時期で、ままならず、
やっとY嬢が無理やりお仕事を早退してパリに行って、
バレエを観て、ホテルも1泊使ってくださいました。ありがとうございました。

クリスマス色のパリで、家族のみんなへのプレゼントを買ったりもできましたが、
やっぱりちっとも楽しいことはありませんでした。

そんなさなかに 私が大好きだった、カリフォルニアのシンガーソングライター
ダン・フォーゲルバーグが前立腺がんで亡くなった訃報にも触れて、なおさらでした。

その後、なぜかクマの娘には、今まで無かったような気持ちで、接することができて、
先日のことを謝ることもできました。
落ち着いて、コミュニケートをとって、言いたいことも言えるようになりました。
こんなことは初めてです。
なんか彼女の魂とは前世から何かがあるように思うし、
それは私の父の魂とも深くかかわっているのを今回感じました。
父のことを想ってから彼女と接すると、不思議と穏やかな気持ちになれるのです。
何ででしょう?
小さい時から今もバレエをずっと続けていて、
でもパリバレエを一度も観たことないクマの娘に是非見せなければ・・・と
6月から席を予約していた、バスティーユの『くるみ割り人形』。
23日の日、クマがパリに彼女を連れて来て、
3人でレバノン料理を食べたり、デパートでお買い物をしたりして、
今まで経験したことないような穏やかな気持ちで自分がいられて、
今思い出してこうブログを書いていても、そんな風にできたのが、
今まで数年間、彼女の存在が、このシチュエーションが、とっても苦しかっただけに、
涙があふれてきます。
なぜでしょう? とても不思議です。

明日、といっても私にとっては夜中の2時3時ですが、
父の検査がうまくいくように 般若心経を唱えようと思います。
別に何のお祈りでもいいんだけど、なんか祈らずにはいられなくて、
そうなると手っ取り早いのが般若心経だからです。
母が朝の4時頃メールで結果を送ってくれるはずです。

明日の朝9時からのジムの、今年最後のリフェン先生の太極拳は
もしかしたら寝不足で行けないかも。
でも行かないと、あのクラスは、人が少ないし。
それには今からDVDも観て、ちょっとは練習しないと。

長くなっちゃいました。
自分の気持ちを静めるためにブログを使っちゃいました。
お付き合いくださった、皆様、ありがとうです。
早く心が穏やかに静まりますように。063.gif

気分が明るくなるように、スキンを黄色にしてみました。
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by tchierisu | 2007-12-27 02:58 | 生活