春だから始めた? いくつかの新しいできごと。




ブログの頭のカレンダーを見ると、また更新していないぶりが目に付いてしまいます。
で、今回またまた言い訳です。(笑)

春になると、子犬も売れるように、
人は新しいことを始めたくなるようです。
私の身辺にもここ2週間でいろいろ新しいことが起きています。

その1
3月12日 オペラ好きの母は今回2週間、ドイツのドレスデンに
リチャード・ストラウス10夜を聴きに旅立ちましたが、それはさておき、
この日から私は、天気がいい朝は、オオキミと森の中を1時間以上歩くようになりました。
最初の1週間は夕方も歩いて、毎日合計8キロくらい歩いていまして、
さすがにこんなことを急に毎日始めると、背中やら三里の辺りやらが筋肉痛でした。
雨の日はちょっと流石に歩けません、
週末もクマと何か工事しなければならないことが多く、お休みとなります。
でも、1週目は4日間朝晩、1日朝だけの合計5日間。
先週は雨が多かったですがその分週末も歩いたので、朝だけですが4日間。
今グーグルアースで今朝歩いた道程を測ってみましたら5.5キロありまして、
まあそのくらいをがんばって細く長く続けております。
朝まだ体温が上がっていない時にはゆっくりの方がいいそうで、
でもオオキミが興奮でなかなか大変ですが、
帰って来ると汗ばんでシャワーを浴びて気持ちもしゃきっ!
すこ~しずつではありますが体重も減ってきています。ほんと、すこ~し。
刺繍やパソコンで痛んだ腰や目にも大変いいようです。
もう筋肉痛もなくなり、豆ができてしまう古い靴も新しいリーボックに買い換えて、
毎朝気持ちよく歩いております。
でも時々オオキミが呼んでも来ないことがあり、困ったもんだ....
オオキミは毎朝ウサギやキジを追って走り回っては暑くなり、
森の中の、そんなにきれいとは言えないARDOU川にジャブジャブ入って
がぶがぶ水を飲んでしまいます。しょうがないか...。
だから回虫がいたのかしら?
これまたカメラなんかもって歩いていなくて、写真がアップできません。
いつの日かお見せすることにいたします。


その2
今まで1人に方にお教えしていたフランス語の家庭教師のお仕事でしたが、
もうひとかた生徒さんが増えました。
その方は去年11月から赴任されたご主人と一緒にオルレアンで暮らし始め
フランスを学ぼうにも、大学の他に語学学校がないので、
試しに日本語で「オルレアン 家庭教師」で検索して、
私のこのブログにたどり着いて、前から私の記事を読んでいらっしゃったのでした。
でもコンタクトしたものかどうか迷っていらしたところ、
京子食品や北海水産の記事も読まれ、もしやと思い、
ご主人の会社の他の奥様にたずねられ、
たまたま私とその奥様がこれまた初めてお目にかかった日で、
リアルにご連絡ができたというわけです。
もう日本で1年しっかりお勉強されていて、
AVOIRとETREの活用も空で言える状態でいらっしゃるし
何よりも今とってもお勉強されたい虫が騒いでいる時なので、
カチカチのスポンジに水がスーッとしみていくように、入っていって、
宿題もこなしてくださって、お教えし甲斐があるというものです。
私も久方ぶりにしっかり準備をしてお稽古(この言葉が好き 笑)に出向いております。
まだ調子がつかめないし、おしゃべりも楽しいので、
時間がだいぶオーバーしてしまったりしてご迷惑をおかけしておりますが、
やっぱりこのお仕事、私は好きなようです。
始めてかれこれ20年になりますものね~。
私自身もいかに日頃いい加減にフランス語を流しているかを再認識。
勉強になります。
明日もその方のお宅に伺います。


その3
京子食品、北海水産をご縁に、
オルレアンでの日本人の方との新しいネットワークが広がって来ました。
ミクシイとブログを始めてから、バーチャルでたくさんの方とお知り合いになりました。
でも、リアルにオルレアンにお住まいの日本人女性で「はじめまして」を交わした方は
実に10人にのぼり、その数はこれからも増えていくことになります。
驚きです。

実はパリで仕事をする前、今から5年位前に、オルレアンで家庭教師をしていた頃、
精神的に不安定だった私は、お世話になったある方(ここで仮にAさんと呼びます)に
とても失礼な態度で接して、その後お付き合いできないようになってしまいました。
Aさんは私がパリで忙しさにかまけていた間に日本に帰国されてしまい、
その後私は「もう私にこりごりとされているだろう」という落ち込みと共に、
ご挨拶するための連絡先を追うことなく、時が過ぎていきました。
当時フランスにアンテグレすることに必死だった私は、
日本の社会とこちらのそれとの間で上手に振舞えず、苦しんだ挙句、
Aさんに甘えてあんなにお世話になっておきながら、
最後にとてもいやな思いをさせてしまったのです。
今当時の自分を振り返ると、精神的につらい時であったとはいえ、
人として本当に未熟であったと恥ずかしい限りです。
そのことはその後数年来、私の胸の中のしこりとなっていました。
でもパリの生活を終え、当時と比べて私もずいぶん精神的に成長安定し、
ファクターだった私自身の大きな悩みの種も、「考え方ひとつ」と割り切って、
まだまだ完全ではありませんが、なんとか解決できるようになって来ました。
でもAさんへの過ちは拭い去れたわけではありません。
その後数年の間、新たに日本人の方とお付き合いするのが、とても躊躇われていました。

ところが、この度、Aさんをご存知の方とお目にかかる機会がありました。
きっとAさんから私のことをいろいろ聞いていらっしゃるかも知れない、と
正直なところ、お目にかかるのがとても怖かったです。
でもその方は何もご存じなく、でも私は私の思いをお話し、
その方からはやさしい言葉をかけていただきました。
Aさんには、いつか会う機会が来るまで、
いえ、もしかしたらもう二度とお目にかかることもなく、
一生お詫びすることはできないかも知れません。
でも周りの方からやさしい言葉をいただいたことで、
なんか、とっても勝手な解釈なのですが、胸のしこりが小さくなったようで、
長年の苦しみが少し薄らぎました。
勇気を出して、新しい方々と「はじめまして」を交わせてよかった。

人生でお世話になった方、お詫びしたい方ご本人に、
直接お返しをすることはとても難しいことです、時にそれは到底無理なことです。
なので、その時々で、できる方にできることをして差し上げることで、
それを償うようにして行く...ということを、以前恩師より学びました。
20代の頃は当のその恩師にもとてもお世話になりましたが、
実際は何もお返しができません。
新しいネットワークの中で、お付き合いさせていただくことはありがたいこと、
これもやっぱりご縁です。
今は当時よりもひとまわりもふたまわりも幸せで、心に余裕ができた自分がわかります。
今度はみなさんと上手に楽しくお付き合いできそうです。
こんな私ではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
...と心から申しあげる次第なのであります。





春だから始めた? 新しいできごとはまだあります。
その4以降は次回に続く...

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by tchierisu | 2007-03-26 07:07 | フランス生活