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11月初旬の一時帰国の後半は、そう、京都で過ごしました。
前回も書いたように、京都では、ミクシイで知り合い、2年半前、桜の京都をクマの両親に見せる際、大変お世話になった、
namiusaさんに、またもやおんぶにだっことなりました。
今回は私の図々しさも増長し、彼女のお家にまで押しかけて、泊まらせてまでいただきました。
幸いにも彼女が、2年前よりフランス語を習いたい、とおっしゃって、スカイプでお教えしていて、何とか関係のバランスが保てているものの、
お忙しい彼女のこと、なかなかレッスンの時間が取れず、私ばかりがお世話になっている現状で、心苦しい限りであります。
早く彼女がフランスに来てくださらないと、恩返しが果たせません。
毎回日本に帰国すると、フランスの田舎の自宅と比べて、全ての規模の小ささにつぶされたような思いになるのですが、
namiusaさんの宇治のご自宅はマンションの最上階の角部屋で、廊下からは愛宕山や比叡山、南側には宇治の山から奈良方面に続く山並みが広々と見えて、
すこぶる快適な時間を過ごすことができました。
毎日朝早くから大阪までお仕事に出かけるご主人もいらっしゃるというのに、ちょうどラッキーにもお仕事が切れて(断ってくださったのですよね~) 、
namiusaさんは私につきっきりで一緒に遊んでくださいました。
ご主人もお疲れというのに、ウイークエンドは2日間とも運転をして、京都市内や大原方面に私たちを連れて行ってくださいました。
本当に感謝感激 雨あられ ありがとうございました 嬉涙!

その時の様子は、私なんかがここで書くこともないですね。
もうすぐ、もの書きの「大御所」になると期待される彼女の、もうとっくの大昔にアップされたブログ、
「秋のヴァカンス~京都編~」 と 「秋のヴァカンス~宇治編~」 に訪れ、心ゆくまで、その見事なプロの文章をお楽しみくださいませ。


京都に、なんで私はこんなに惹かれるのでしょう?
namiusaさんがいらっしゃるから、という訳だけではなくて、もっとばく然と、次回の帰国の際は、用事を済ませた後、大半を京都で過ごすことにもうずっと前から決めていました。
10歳くらいの子供の頃に、はじめて伊賀上野の親戚の車で京都を訪れましたが、なんかその時の感覚が、パリに初めて行った時と似ていたような?
大原の三千院と、その隣の宝仙院には、その時初めて訪れて以来、その後高校の修学旅行や、大人になってからも、なぜか何度も通っています。
前夫が京都の人でした。そんな人と知り合い平安神宮で式を挙げたのも、ご縁を感じます。
彼の実家は京都南部の市でした。それもnamiusaさんが高校の頃にお住まいだった町で、今の彼女のご自宅にほど近いところ。
最初彼女が仲良くしてくださったきっかけは、そのこともありました。ここにも一方的に勝手に、ものすごく彼女とのご縁を感じます。
その結婚中、盆暮れに帰省したことがなつかしいのか?今回彼女のうちの窓からの景色が当時を思い出させるのは確かでした。
でもそれは記憶に新しい、つい先日のことを思い出させるに過ぎません。
感じるものは、もっと市内の方とか、でなければもっと南の、奈良方面、「悠久」とか、「脈々と流れる」とか言う表現を使いたくなるような、
そんな時の向こうからやってくる思いです。
『オーラの泉』の江原さんを崇拝しているわけではありませんが、彼の言う「前世」の考え方には、まったくもって賛成で、
「そんなこともあるだろうな~」と思いながら、あの番組は見ていて気持ちが良かったです。
その考えに当てはめてみたら、私は絶対、以前この京都の町に暮らしていたのだ と思います。
フランスも、パリだかどっかにいたとも感じます。パリが嫌いなのには、その時の何かが作用しているのかもしれません?
京都については、「今生」(笑)では、そこを離れる時はたいてい、東に向かって去っていくわけで、叡山から連なる山科のトンネルに入る直前、
東寺の塔とその他の建物、山々の様子が見えなくなる瞬間、何故か毎回涙が出ます。
ヨーロッパに向かう飛行機に乗り込み、それが成田の滑走路から浮き上がる時と、まるで一緒の現象です。
一度江原さんに見ていただきたいものです。

京都でも、namiusaさんの計らいで、以前よりお目にかかりたい方にも会うことが叶いました。
最近は、年齢のせいか、徐々に物欲が薄らいできて、ご縁で知り合った人たちとお目にかかり、楽しいひと時を過ごせるのが、何よりの喜びに感じます。
その時のお伴に、あればあったでより一層うれしい、おいしい食べ物やお酒 (物欲はないと今言ったばかりなのに、食欲はあるのね) を、
一緒に「おいしいね」って分かち合えることも大切で、
それには何よりも元気でなければ、その楽しい時間は過ごせないのだ、どんなものよりも貴重なものはまずは「健康」だ と、つくづく思うのであります。
そんなことを思うのも、やっぱり先生をはじめ、今年はたくさんの人が逝ってしまって、そのさみしい思いから来るのでしょうけど、
そんな私の心を慰めるのに、京都はとても優しかったです。
かろうじて食欲がまだある私は、日本帰国の後半戦、最大の目的、「食料の買い出し」しか目の前にはありません。
すでにエネルギーも、お買い物をして荷造りするためにしか残っていない状態でしたが、namiusaさんとご主人は、しっかり私を京都の観光にも連れて行ってくれました。
アテンドをお願いして、本当によかった…
なぜなら、京都で過ごしてから、今はもう時間が経ってしまっていますが、現在、心に残っていることは、おいしいお菓子や食べ物よりも、
人に会ったこと、そしてお寺を回れたことだからです。
知恩院の特別拝観の三門、階段があんなに急で、上があんなに高くて、内部があんなになっているとは思いもよらなかった。
細川家の菩提寺で、ガラシャ夫人のお墓もある、大徳寺高桐院。
その静かな佇まいと美しいお庭と、数行だけと短いながらも、何よりも静かな気持になれた写経。
三千院本堂を説明するお坊さん。
毎回違う方ながら、その印象的なことと言ったら、数十年前から甲乙つけがたいです。高2の時は、ちょっとゲイな方でしたが、今回は大阪芸人な方でした。
お隣の、いつも正面から拝むだけで、今回初めて入った勝林院の、繊細な欄間の彫刻とイケメンな仏さま。
音楽を志す人にご利益がある、呂律が回るように、ろ川 と れつ川 を渡って入るのはもう5回目くらいの宝仙院。
40年前はだ~れもいない貸し切り状態だったのに、今回はその混雑ぶりにびっくり。
入口や中の様子まで変わってしまって、沙羅双樹の木がなくなってしまっていて、
でも血塗りの天井と、お茶菓子は変わっていませんでした。
人が集まるからこそ販売も始めたのでしょうね。ラッキーにも素敵な抹茶椀を手に入れることができました。
ご縁のある大好きな場所の、いい思い出になります
そして何よりも、namiusaさんと二人で静かな日暮れ時に訪れ、涙の出るような思い出となった、平等院鳳凰堂。
三千院のお坊さんが、「平等院さんあたりになりますとね、3Dちゅうんですか?
ぶわ~~~~ っと、きれいに再現映像見せてくれはりますがね。うちは、手描きですわ…」と笑わせてくれた、噂の、3D。
お金使っただけあって、それは素晴らしい見事な美しさでした。
知恩院三門、三千院、平等院鳳凰堂の拝観で、こうして私は3つの極楽浄土の様子を目にすることができました。
そして、「先生も今は、この想像のお花以上の素敵なお花の咲き乱れる、あの国へ昇って行って、安らかに私を見つめてくれているのだな~」 と思いながら、
悲しい思いを和らげるのを助けてくれました。
古より、理解しがたく、一人では解決しがたい、憤りや悲しみの最中には特に、宗教はこんな風に使われてきて、その存在は実にありがたいものです。
もっと時間と元気があったら、静かに長く、お寺の中に座っていたかったです。
いつでも行こうと思えばすぐに行ける京都に住んでいる人たちが、本当にうらやましいです。住んでいると、なかなか行かないものなのかもしれないですけどね。
オルレアンのカテドラルではそんな風に静かな気持になれないのは、なぜでしょう?
お土産に買ったかわいい根付を手に取ってながめたり、おいしいお干菓子をおいしいお抹茶でいただく度に、
そんな静かな京都に思いを馳せて、うちでも安らかな気持になれるのがうれしいです。

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知恩院さんでは、自動販売機で、お茶も売っていました。


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裏にはこんな風に、来年が法然の八百年大遠忌だと説明があります。お念仏をを唱えて、極楽浄土へ… ありがたいことです。


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大徳寺高桐院の、細川家のお墓付近。瓦や門など、随所に細川家の家紋が使われていました。細川家の家紋、周りの小さな円は8つなのね。


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極楽浄土はこんな色なのね。


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いつもは正面から中に入らず拝むだけだった、勝林院の彫刻の細かいこと!美しいです。


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今回はもう5回目になる、宝仙院。
拝観料を払う場所が門の横にあって、入ったら右に折れて、建物に入るように変わっていました。
以前は正面の大きな松に向かって進んで、小さなお玄関から入って、木魚を叩いて呼んだのに…


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中には、こんなに人が… 2重3重になって、お庭を眺めています。右側の竹の方も同じくです。
修学旅行で来た時は、12月の雪が降るような時で、ものすごく寒かった記憶があります。


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こんな囲炉裏の間もありました。
このお部屋に、以前は内部にあった、古い鉄琴のような楽器が展示されていました。


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宝仙院の入り口横から、小さな枯山水のお庭に出ることができるようになっていました。これも新しい?
そこの紅葉が、きれいでした。


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宇治では、いつもメルマガを受け取って、涎を垂らしていた、このお店にも、念願叶って行くことが出来ました。


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そこではこれをいただいた後、


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これをやっと食べることが出来ました。うれしいよ~。うっうっ 感涙。


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晴れてこれも買うことが出来ました。


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中には大きな栗が!



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namiuisaさんに勧められて買った、このおまんじゅう。ちょっと切り方がきたないですが、まあおいしかったこと!
これら全てを食べ尽くすことはできず、ちょっとづつ味わって、残りは大量にnamiusa家に食べ散らかしてきちゃいました。
持って帰れないですものね。ごめんなさ~い!
でもやっと食べることができた子たちで、大満足でした。




他にもやっぱり嬉しかったのは、錦市場を歩いたこと。
パッキンで力尽き、時間がなくて最後のお買い物はできませんでしたが、そんなことは物欲に過ぎません。元気でいれば、また来ることができます。
いつか錦の徒歩圏内で暮らしたい… と本気で思いました。

それからここに記しておきたいのは、博多で乗り込んだ新幹線で、お弁当とビールで一寝入りした後、京都駅を降りた後、
自宅に戻るnamiusaさんと別れた、ねこぽけさんと私がタクシーで目指したホテル、Citadine烏丸五条のこと。
いつもオペラのためにパリに来る母と泊まる定宿が、バスティーユから歩けるマレのCitadine。
アパート形式で、台所が付いていて、お掃除が1週間に1度しか来ないところが、母の気に入って、フロントの女性とも顔見知り。
京都の宿探しの際に、今年の3月に日本では東京新宿に続いて2件目のCitadineがオープンしたことを知って、セット料金などを検討、
京都にせっかく泊まるのに、パリと同じテイストにしなくても…とも思いましたが、他のホテルと比べて、何よりも新築というところにひかれて決めました。
結果は大満足。
てっきりお掃除は入らないものと決め付けて、初日散らかっぱなしで出かけたら、夕方戻るとベッドメイキングもお台所の食器もきれいにしてくださっていて、焦りました。
もちろん日本では当たり前ですが、宅急便で東京から送った大きなスーツケースも気持ち良く預かってくれていましたし、
ねこぽけさん用の空き段ボールもくださいました。
場所は地下鉄の烏丸五条駅のすぐ前、角にはマクドナルド、むかいにTSUTAYAとセブンイレブン、
並びには、朝11時までに出せば、18時には仕上がるクリーニング屋さん、24時間のスーパーマーケット、薬屋さん、100均、と、私には至れり尽くせりのお店の並び方。
次回も絶対ここに泊まるぞ~ と心に誓ったほど、いい宿を見つけることができました。


お目にかかった方たちは、namiusaさんの刺繍のお教室の先生とお仲間。
ミクシイアプリでちょっと絡んでいた、namiusaさんのお仕事仲間の素敵なご夫婦。
みなさんとはこれからも長くご縁が続きそうで、うれしい限りです。
それから、オルレアンにいた2年間、フランス語もお教えしたけれど、歩け歩け大会など、一緒にたくさんの楽しい時間を過ごしてくださった、
Yさんとも再会することができました。
今回は、力尽きた私の郵送用パッキンを全面的に手伝ってくださって、本当に助かりました~!いつもお世話になって、ありがとうございます。
関西の人たちの中にどっぷりはまった私。
未知であった、関西人のお笑い、ボケと突っ込みのエスプリと、その言葉のイントネーションを、ほんのちょっと習得できた気がしますが、
まだまだ真似はできません。
何と言っても、生まれも育ちも東京の、しがない「あずまびと」の私は、洛の人にしたら「地方の人」に過ぎませんから・・・ 
あ、別に、そう言われたこと、根に持っているわけではありませんよ、namiusaさん、ちょっと驚いただけですよ・・・。爆

30キロのスーツケースは、namiusaさんのお宅から出す、JALの手ぶらサービスを利用。これは、パリCDG受け取りという便利さ。ありがたいですね~。
他の20キロの郵送のSAL便も、郵便局の人がお家まで取りに来てくれます。

大変お世話になったnamiusaさんとは、お名残り惜しくも、彼女がお仕事に向かう別の駅への道の分岐で、朝、お別れとなまりました。
本当に本当にお世話になりました。早くフランスに来てね~。

京都駅では、まだ大丸も開店前。駅構内には売ってないかも・・・のお土産をあきらめて、1時間後の新幹線の指定席を取ります。
そして改札を入ったら、お目当てのものは、中にも売っていました。ラッキー。
またもや涙しながら、山科のトンネルを抜け、柿の葉寿司なんか食べて、うたた寝していると、
パシャパシャとシャッターの音で目が覚めます。
みんなが外の景色を撮っているのでした。雪があまりない、南側の富士山でした。
新幹線で東京に戻り、同級生のNさんと落ち合います。二人ともちょっと変わっちゃって、お互いがわからず、なかなか出合えませんでした。笑
丸ノ内線で銀座へ。新しくなった三越でランチしました。


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先生が通っていた銀座のお店が真下に見えます。



中目黒経由、自由が丘、タクシーで先生のお宅へ。
その晩は、先生の家族と同級生や後輩と一緒に過ごし、先生の横で寝たことは、贈ったステッチの記事のところで書きました。

翌朝はtakechanの家へお父さんに送ってもらって、近所のおいしいラーメン屋さんで、フランスでは口にできない庶民の味も堪能。
いいな~日本って。

夕方になって、takechanとごんちゃんで、羽田まで送ってもらいました。
横浜でサミットがあり検問が大変かも!ということで、早く出たものの、止められるような検問は全くなく、成田よりもスムース。
夜中1時の便なのに、17時には着いちゃいまして、新しくなった楽しい羽田空港で、最後のお土産を買いまくりながら、隅から隅まで見学。
ばっちり把握して、何でも訊いて~ 状態です。


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まるでディズニーランドの中のような、羽田空港内のモール。楽しいお店がたくさんあって、飽きることがありません。


お世話になったtakechanとも、お別れ。元気でね~。
入れ替わりにharumisanさんと、前夜も一緒にいた、Sさんが合流。3人でお食事しました。
便利な羽田は、モノレールのホームもすぐそこ。ホームに向かう友人を見送り、私の便の1時まで、まだまだ時間がありました。


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まだだいぶ待つな~…


悲しいながらも、たくさんの人にも会えて、皆さんの優しさに感謝した、今回の帰国。
本当に有意義でした。
今度はいつ帰ることができるかな~?3年後?
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by tchierisu | 2010-12-28 03:49 | 日本

10月31日、JALのパリシャルルドゴール空港発、羽田行きの就航ファーストフライト、お得なお値段での今回の一時帰国。
今回は仕事が忙しいためクマも同行してくれないし、
円が強くて、ユーロへの換算がひどいもので、お金がないと不幸な国、日本には、長くいればいるほど、消費してしまうので、短めの滞在となりました。
他にも、夏のクマの誕生日は、私はシャモニでお仕事中だったので、私の誕生日の時は一緒にいましょう、とか、
CDGまではクマに連れて行ってもらいたいので、そうなると週末、戻りは13日、などの理由もあって、
こんなに短い、まるで日本人利用のJTBツアーのような短期集中つめこみ日程、最後は生きているのがやっとな状態の満喫ぶりでした。


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いつもANA利用の私、今回初めてJALに乗り、CDGもターミタル2のE。ANA便のターミナル1と比べて、きれいだわ~。



羽田空港の新国際空港リニューアルに伴った、JALのパリ羽田便 就航。
このため?JALは他のヨーロッパ3都市航路を廃止したと聞きました。そこにお住まいのJAL利用者にはさぞかし困ったお話でしょうね?
羽田はやっぱり成田よりもはるかに便利でした。にわかに日本が近くなった気分です。
大嫌いではありますが、利用客の多い、観光の町パリさまさまですね。


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ファーストフライト記念ということで、搭乗口ではウエルカム朝食のサービスの後、ちょっとしたセレモニー、
はっぴを着た書道家が短冊に名前を書いてくれるというイベントもありました。
外人さんはカタカナで名前を書いてもらって、大喜び、子供たちもかっこいい漢字の自分の名前を眺めていました。
そんな中、パリ国立オペラオーケストラの、日本人バイオリニスト、いつも母がブログを楽しみにしている大島さんとバッタリ。
母に見せるために、お写真を撮らせていただきました。ありがとうございました。
彼女が持っていたLADUREEの袋を見て、すぐそこにお店があるというので、私もマカロンを買いに走りました。

みんなに配られた記念品の入った袋で、ご機嫌ではありましたが、羽田到着間際の30分、今まで私が経験したことないほど揺れました。
小さな子どもたちはみんなもどしていて、私も真っ青でした。
「340名(?)と6名のお子供さんを乗せた就航便は、只今羽田国際空港に無事到着いたしました」というアナウンスと共に、よれよれになって降りた私たち。
こんな状態をテレビカメラが待ち構えていたらどうしよう、と思いましたが、カメラは遠くで、乗客ではなくCARGOが降りてくるところを取材中。
後で、「この便のおかげで、ヨーロッパからのマグロが、築地市場に一日早く上ります」という話題だったと、友人より聞きました。マグロに負けた… 
荷物がターンテーブルに出てくるのに、えらく時間がかかっていましたが、それもマグロのせいだったのかしら?
おかげで、大島さんとまたたくさんお話しできましたけど・・・


先生にお線香をあげるという、悲しい用事も後から発生してしまいましたが、本来の帰国目的は、免許証の更新。
もうフランスで免許を取っているので、日本の免許証は、いらないのかもしれませんが、日本では身分証明書になる等で、なんか捨てられない…。
即日発行を希望しなければ、二俣川に行かないで、青葉警察でもOKということなので、今回は初めて警察で手続きしてみました。
そして初めて手にする、優良運転者 ゴールドカード。
でも正確には、まだ実家で預かってもらっているのですけどね。

免許証の書き換えの次の用事は、もう数年前から、ネットを通じてお付き合いさせていただいている、エキブロ仲間、みささんとねこぽけさんとの、
「今度帰国した際は、3人一緒に会いましょうね~」というお約束を果たすこと。
ねこぽけさんは実家と同じ県にお住まい。
彼女のステッチのチャートコレクションを何としてでも拝見するべく、青葉警察で書き換えの後、横浜で待ち合わせて、ランチ、お宅まで伺いました。
一方、みささんは九州にお住まい。約束を交わした以降に、みささんはおめでたとなり、もう赤ちゃんは世の中に出た後。私たちが何としても会いに行かなければなりません。
その次に絶対やらなければいけないのが、やっぱり温泉、やっぱり京都、ということで、それら全部を一気に済ませてしまえ!とばかりに、
前回、(もう3年近くも前!)クマの両親を連れて桜の京都のアテンドで大変お世話になった、宇治のnamiusaさんもお誘いして、3人でみささんのお宅を訪問しました。
もの書きのnamiusaさんは、とっくの昔にこの旅の様子をブログアップしていらっしゃいまして、そちらのスタイリッシュな記事を先にご覧になると、
拙ブログのひどさが目立ってしまいますが、まあしょうがない。
彼女の「秋のヴァカンス~九州編~」を、ぜひご覧くださいね。

ねこぽけさんと私は羽田から北九州へ飛び、namiusaさんは新幹線で京都から小倉、
そこでやはりみささんのお友達、私もネットでは仲良くさせていただいている みさん も合流。
以前事故を起こして廃車にしてしまって惜しまれる、大好きな車、ホンダJAZZ、日本での呼び名はfitを借りて、小倉駅にて、お二人をピックアップ。
4人でみささんのお宅にどっとおしかけて、晴れて念願のプチオフ会が叶いました!

その様子は、こちらのみささんのブログをご覧ください。

あっという間の数時間、お見合いみたいににやにや笑って、ちっとも話したいことが話せなかった感がありますが、
前日のねこぽけさんやみささんの作品やチャートコレクションを拝見できて、もう私は本当に幸せ・・・
趣味のお友達って、本当に大切ですね。ブログとミクシイ始めて、世界がこんなに広がって、本当によかったです。

お名残り惜しくもみささんのお宅をおいとまして、みさんとも途中でお別れ、高速を使って一路、福岡のキャナルシティのホテルに向かいました。
日本のETCは、ピーって鳴る時、止まっちゃいけないのね~。
そこでも、もう15年以来の友人であるCちゃんと数年ぶりの再会。
地元の彼女に、屋台やおいしいもの屋さん、とんこつラーメン屋さんを案内してもらって、博多中洲の夜を満喫できました。
10歳の時に出張の父に連れられて、とんこつラーメンの屋台が並ぶ中を手をひかれて歩いた記憶がありますが、
今回も、その時の記憶と同様の香りでありました。

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翌朝まで衣服に残るのは、この香り…


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バリカタ という言葉も、初めて知って、覚えました。



翌朝は、福岡を後にして、九州自動車道を熊本まで南下、阿蘇の火口を目指します。
九州は、今まで、福岡や、唐津までしか行ったことがなくて、熊本まで南下するのは初めて。
お友達も絶賛の、一度は行ってみたかった阿蘇山を見ることができて大満足。やっぱり自然はいいですね。
でも、ヨーロッパアルプスを見慣れた私には、阿蘇は思ったよりも荒々しくなくて穏やかな山容。
VOLVICのラベルのオーベルニュの山のようでしたね。火山だから一緒なのかしら?

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あの煙の上がる所が火口ね!あそこまで早く行きましょう!


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この下から煙が上がってきます。
煙が上がっている時は大丈夫。雨が降って、煙が見えない時は、ガスが発生して危険な時なんだそうです。




阿蘇山を後にして、その晩は黒川温泉のいこい旅館を予約していました。
数日前に「同じお値段で離れをご用意できますが…」とご親切にもご連絡をいただき、ラッキーな私たち。
一階には台所と広い温泉、居間にはテレビとこたつ、二階にはベッドルームと、かくれんぼができるほど大きな建物で、贅沢な気分。
お食事や他にたくさんのお風呂を楽しむのは、本館で、その都度車でお迎えに来ていただきました。
佇まいも素敵だったし、お食事もおいしかったし、宿の方たちも本当に皆さんいい方で、
もう一泊して、お風呂入ったり出たりしながら、チクチクしたいね~ と3人で話しました。
特にこたつに入って寝っころがりながら、今の日本の流行りの番組、人気者など、いちいちお二人の解説付きで見れたテレビが、最高でした。
日本に帰ってきてよかった…と実感できた宵でした。

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お夕食は、こんなのと、


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その次がこんなの。


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こうしたものもいただきました。


その他に、ご自由にどうぞの取り放題のおでんのお鍋がお食事処の真ん中ありました。でも、そんなに食べられないですよ~。


翌朝またゆっくりと早朝からお風呂に入って、おいしい朝食をいただきました。

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すでに自分のは食べ終わった後。写真を撮っていないことに気付き、お隣のまだいらっしゃってないお客様の席を撮影。


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大きく塊が残る大根おろし。そのしゃきしゃき感がたまりません。「す」の入っていないおいしい大根が手に入ってこそですよね。うらやましい限りです。
上下に行ったり来たりしないで、どちらだったか忘れましたが、一方通行でおろすのがポイント。なるほど~。


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いこい旅館さんには、たくさんのオリジナルグッズがありました。ご自由にどうぞのコーヒーも、こんなかわいいコーヒーカップでいただきます。
欲しかった、でもスーツケースには限りがあります。






お名残り惜しくも、大満足のすてきな旅館を後にして、その日はまずは、日本一の吊り橋を見に。



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こういうところ大好き!


橋の通路の真ん中が下が見えるようになってて、結構怖いです。トロントのタワーも、床がガラス張りのところ、乗れなかった私でしたっけ。


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左は紅葉、きゃあ、真下は怖い!


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右は滝、絶景でした。



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吊り橋の後は、もう最近は風情がないから泊まりに行ってはいけない、と、シャモニのK家族からも、さんざん忠告を受けていた、由布院が、いったいどんな所か行ってみました。
全体の町並みは、時間切れで見ることができませんでしたが、
ちょっと、上高地か軽井沢みたいな雰囲気の金鱗湖や、素敵なお店「鍵屋」や、カフェ「天井桟敷」がある、亀の井別荘付近を散策しました。
私は言われるままに車を運転していただけですが、流石はnamiusaさん、しっかり調べていてくれました。ありがとう。


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いい感じの金鱗湖。



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カフェ天井桟敷では、美しい緑を眺められる窓際席の代わりに、黒川温泉いこい旅館の方も教えてくださった、2階席を陣取った私たち。
お水やおしぼり、注文したものは、手動エレベーターで上ってきます。

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日本の高速道路は制限時速が時に80キロとかで、日ごろ130キロ以上で走っている私には、止まっている様。ついスピードが出てしまいます。
「tchierisuさん、一発免停だわね」。確かに…。
でもしっかり走らないと、着きません。

博多駅には予定時刻ピッタリ到着!レンタカーを返して、お土産と駅弁を買いこんで、3人で新幹線に乗り込みます。


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どうしてこんなすごい量なの?3人の荷物。すごいお土産の量。まだ旅も3日目なのに…


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きたきた…



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新幹線の楽しみは、何といっても 駅弁。
みんなそれぞれ迷った挙句 これにしました。


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私のはこんなの。お殿さまのお駕籠のかたち、上の棒の部分にはお箸とようじが入っています。



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ふたを開けるとこんなの。何でもおいしい、まずいものがない日本。素晴らしいです。もちろん缶ビールと一緒ですよ。



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検札も来て、やれやれ。おなかもいっぱいになって、ビールでほろ酔い。
到着後のお話は、ひと眠りした後に…
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by tchierisu | 2010-12-08 00:57 | 日本

先生、Merci… 

丑年の私。
こういう年齢になれば、年々悲しいニュースを受け取ることも多くなるというものではありますが、
6月のシャモニの話題に続いて、私がブログを更新する度に、訃報ばかりではやりきれません。
9月末に受け取ったものは、全く心の準備もできていなかった突然のもので、本当に深い悲しみに苦しみました。
私のフランス語の恩師、先生と呼ぶだけでは全く足りない、私を娘のようなもの…とまで言ってくれて、私も第2の母と呼び、
私の人間形成すべてに影響を与えた、先生が亡くなったのです。
最初、中学の時から一緒にフランス語を習いに通っていた親友からメールが飛び込み、「先生が無くなった」とありました。
忙しい仕事中に、取るものもとりあえず私に短いメールを送ってくれた彼女も、動揺していたのでしょう。
「亡くなった」が「無くなった」になっていたのですが、
私にはまさに、表現できないおっきなものが突然掻き消えて、「無くなった」という表現がぴったりでした。
最初のうちは実感が湧かず、あえて友人とのゴルフの約束もキャンセルしないで、気を紛らわしてはいましたが、
数日経つごとに耐え切れなくなって、最初の電話だけではわからなかった「どうして?」という疑問を解決すべく、
先生の家族、友人などに電話をしました。
事情を聞いて、やっと落ち着いては来たものの、納得したらしたで、数々の思い出が走馬灯のごとく、
先生の声まで、いつものフレーズまで聞こえて、ますます何も手につかなくなりました。
日々の刺繍も全く捗らず、泣いてばかり。
こんなことではいかん、お茶でも入れなおして…、と、入れるお茶の入れ方までが、先生譲りだということに気づくありさまで、また涙が…
見渡せば、毎日の生活で、私は先生からもらい受けた和食器に囲まれていました。

最後に会ったのは3年前、と今の今まで思っていました。
確認しようと古い帰国の写真を取り出してきてやっと見つけた日付は、なんと2005年の7月でした!
5年もご無沙汰してしまっていたのか~。
フランスに来てからの14年の間には数えられるほどしか会ってないけど、その前の15年~20年は毎日のように生活を共にしていました。
若かりし頃、生活がつらい時は食べさせてもらい、問題があると一緒に解決してもらっていました。
「お世話になった」という言い方では全く十分ではないのです。

実はすでに、10月31日に日本へ一時帰国する便を取っていて、
今回はクマも来れなくて一人だし、そうだ、先生にも連絡して、会いに行こうかな~ と思っていた矢先でした。
お通夜・告別式の日取りを伺った時、間に合うようにすぐにフライトを変更することもできました。
それはそれは、もうものすごく迷いました。
私の状態を見たクマも、行きたいなら出発を早めて、早く行けと言ってくれました。
それを迷っている間が、一番苦しかったかな?
でも、危篤 とかいうならすぐに飛んで行ったでしょうけど、もう話せない先生の亡骸なんか見ても、悲しいばかりだし、
たくさんの方がいらっしゃるお葬式に出席して、昔の方たちにお目にかかることは、
今、フランスで静かに暮らしている私と先生との、魂同士の会話には必要ないこと、と勝手に判断させていただいて、フライトは変更しませんでした。
でも、「今夜がおうちにいる最後の晩だわ、お父さん(ご主人のことを私はこう呼びます)とゆっくり過ごしているかな?」
「斎場でのお通夜、今始まったわ」
「告別式が始まる… 式も終わって、みんなと最後のお別れで、いよいよ焼かれるところかしら?」
と時計をしょっちゅう見ては、ずっとずっと一人で泣いていました。

最近刺していたHAEDが全く刺せない状態となり、それならいっそのこと、先生のことを思って先生に捧げられるものを刺そう!と思い立ち、
訃報を聞いた3日後から刺し始めたのが、イザベルさんの本からのモチーフ、「MERCI」。
お通夜や告別式の間も先生のことを思って、これを刺し続けていられました。
お線香あげに行った時にお骨の横に置いてこよう、男所帯となってしまう先生のお宅にはふさわしくないし、後は片付けてもらってもいい、
私の独りよがりの自己満足だけど、今の悲しみを刺し込んで、刺し上がったら額装して悲しみを封印すれば、気が済むというもの。
悲しい色ではますます悲しくなってしまうので、あえて赤が入った、POMME DE PINの段染め糸を選びました。
できることなら帰国に間に合わせたいとは思いましたが、間に合わなかったら間に合わなかったで、その時はその時、
いつか持って行けばいいわ とも思い、のんびりした気持でもいましたが、
悲しみのあまり、他にできることがない状態、これを刺すばかりの日々となり、私にしては殊のほか早く、2週間くらいで刺し上がりました。


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額装は時間がかかるので、早めに と思っていた日にちに間に合いました。
いつもお世話になっているバレリーに事情を話すと、額装係を急がせてくれて、なんと、4日くらいで仕上げてくれちゃいました。感謝。



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MERCI
『Un petit fil rouge m'a dit...』/ Isabelle Haccourt-Vautier より
左部の名前と私のイニシャルその他はアレンジ (オリジナルはABCDaireサンプラーでした)
140 × 82 points
刺し上がり寸法:約23.5cm × 13.5cm
Toile:Zweigart むら染め風プリント入り(名前を失念)Vintage Peachかな?
     12fils (32ct)
fils:pomme de pin “Séduction”
    2 fils × 2 brins


左下の私のイニシャルだけは、縦の高さの目数が小さくて気に入ったものがなかったので、大きいものを1over1で刺しました。


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額のバゲットに、最初バレリーは糸と同じボルドーを勧めてくれましたが、やはり弔意を表すのが赤ではいけない…と思い、シンプルな白にしました。
額装はいつものように、ちょっと膨らませて、ガラスは反射しにくいものを入れてもらいました。


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春になって蝶々がお庭に飛んでいたら、先生が見てくれているって思えます。

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お骨の横に置いてもらえるようにと、キャンバスを立て掛けるような台の小さいのがお店にあったので、それも一緒に購入して、このように飾ってもらいました。




11月1日の朝、JALのパリ羽田便の就航ファーストフライトで到着。
お友達のtakechanが空港まで迎えに来てくれて、その日のお昼前には先生のお宅まで連れて行ってもらいました。
やっと・・・!お骨の前でお線香をあげることができました。
そして無事にお骨の横に、機内持ち込みで大切に持ってきた額装を置いて、一人自己満足。
お父さんにも、「tchierisuがこんなのつくるなんて、お前も変わったね~」と笑われて、
「赤いし、ふさわしくないでしょ?見苦しかったら片付けてね」と言うと、
「いやいや、きれいで素敵、よくできてるよ。
ちょっとはお母さんの周り、女性らしく明るくしたいから、これはここにずっと置いて、お参りに来てくれた人に見てもらうよ」
と言ってもらえました。嬉しい…

日本への一時帰国は12日まで。
最後の11日の晩にも、また先生のお宅に行き、お父さん、息子たち、一緒に習っていた同級生、後輩たちと一緒に、先生を囲みました。
みんな忙しいところを、私のスケジュールに合わせてくれたのです。ありがとうございます!
それまでの間に四十九日の法要はあったけれど、お父さんは先生とまだ離れたくなくて、
「tchierisuたちが来るのに、メインの先生がいないと困るでしょ?納骨は来春!」と、勝手にまだお骨を供えていました。
フランス語の先生なのに、ついに一度もフランスの地を踏まなかった先生。
お父さんと息子たちに、お骨の一部をフランスに持って帰って、連れて行ってやって欲しいと頼まれました。
そんな大事なことを…と思いましたが、家族同様に扱っていただけて、本当に嬉しかったです。
大きな骨壷を開けて、先生のお骨を見て、もう号泣。
でもやっと号泣できて、溜まっていたもの全てを、みんなの前で出すことができました。
小さなお骨を3つ、小さな缶に入れて、先生がいつも使っていたハンカチで包んで、バッグに入れました。
その晩は先生のお骨の前で、一人布団を敷いて寝ました。
以前、毎晩翻訳をしながらうたた寝してしまっていた先生のように・・・

は~気が済みました。
今はとっても晴れやかな気持です。
持ち帰った先生のお骨は、うちのサロンの暖炉の前、私のすぐそばに置いて、毎朝、お線香を焚いて、私が飲みたい朝のお茶を一緒に淹れてあげています。
そして、私がどれだけ今幸せに暮らしているかを、見てもらっています。

医者に診せるのが大嫌いだった先生。
今、私はものすごく幸せだから、この時間を一日でも長く過ごしていたいから、
私の弟のような先生の息子が私と同じことを思って言っていた通り、
先生を半面教師として、しっかり検査などは受けて、元気に永く暮らしていきたいと思っています。
こんなに若く早く逝ってしまった先生、お父さんも子供たちも本当に悲しんでいます。
でも、本人は、医者に触られるのが嫌で、私たちの言葉をあんまり聞かなかったんですから、
これこそが太くて短めの、彼女の生き様、スタイルなんだろうな…と、自分より若い人の訃報を受けてがっくり落ち込んでいる、私の実の母が言った通りだと思います。
いつも頑固で、人の忠告はあまり聞かない、その癖、人にはすぐ病院行けとか、指図が多くてうるさい先生でした。(笑)
人の面倒は本当によく見て、どれだけお世話になった人がいることか…
そうやって徳を積んだ人は、痛みとか苦しみは感じないようにできているのね…と、
モルヒネなんか全く打つことはなかったんですって、と告げると、母がまたつぶやきました。


先生のお参りという、悲しいプログラムが入ってしまった今回の一時帰国。
でも、たくさんのお楽しみも、もっと前から計画していて、そちらの方もしっかりこなしてまいりました。
その様子は次の記事…
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by tchierisu | 2010-11-22 03:34 | クロスステッチ


私のブログはいつも長すぎて、皆さんに嫌がられていますが、
長すぎると、投稿できないという事態には初めて遭遇しました。

では本文に引き続き、旅行のまとめをこちらに。



かくして無事にフード・バトル・イン・ジャパン・ツアーが
「おわった~~~」 という感で 終了しました。
本当によく食べました。

この旅行で一番うれしかったのは、こんなエピソード。

浅草に向かう銀座線、溜池山王の駅で。
エスカレーターをお掃除しているおじさんとおばさん。
「右の方をつかんでくださいね」という言葉を、私がフランス語で言い遅れて、
フレッドが思わず濡れている左側をつかみ、彼の手が真っ青になってしまいました。
するとおじさんが大慌てで、「すみませんすみません」 と謝ってくれて、
上にいるおばさんに、「手を拭いてさしあげて~」 と叫びます。
おばさんもフレッドの手以上に真っ青になって、
「まあ!本当にごめんなさい!すみません!」と、
ものすごく腰を低くして何度も謝ってくれて、
お掃除しているのではなくて、まっさらなタオルを出して、フレッドの手を拭いてくれるのです。
ちょっと拭けばすぐ取れちゃうような、ペンキなんかでも何でもない代物で、
フレッドもそんな年配の女性に、こんなことぐらいでそんな丁寧に謝ってもらうなんて
申し訳ないという感じで、大丈夫 とそこそこに手をひっこめていました。
日本では当たり前の光景、でも、彼らにとっては、こういうことが本当にショックなようでした。
この後、音のうるさい地下鉄内でしばらく黙って座っているみんな。
そして、どこかの駅について静かになった時、フレッドが一言、
「Maintenant, j'ai bien compris tchierisu」と言ったのです。
今こうして書いていても涙が出てきます。
訳せば、「今、僕はtchierisuのことがよくわかった。」。
そうなのよ!こんなに文化が違うのよ! 
私自身の選択とはいえ、私はこんな国で生まれて育って、
そこから私はあなたたちの国に来てるの。
自分から望んで来たんだからそんなこと言うつもりはないけど、
でもどれだけ順応するのが今まで大変だったか…

今まで彼らはきっと私のことをこんな風に思っていたことでしょう。
ふにゃふにゃした、はっきりしない態度、
日頃は強く要求を出さないのに、ある時いきなり爆発する、
みんなで一緒に楽しんでいるのに、急に帰ってしまう、
(彼らにとって)大切なイベントなのに、クマは来ないと言う、
それはそこに行きたくない私のせい、
などなど。
本当に他のフランス人女性たちとは喜び方が違う、
不可解なアジアの女性でいたことだと思います。
激しい中国人ともまた違う、日本女性のベースというものが確かにあります。
いったいフレッドが何をどんなふうに解釈して、それを私に照らし合わせたかはわかりません。
でもさっき言ってくれた一言に対して、私は二人に言いました。
「Le but de ce voyage, c'est ca. Je suis contente de ce que tu me dis.」
(この旅行の目的はまさにそれだわよ。その言葉をもらえて本当にうれしいわい。)
旅行の後、フレッドとカトリーヌは、そんな話もしてくれたことでしょう。

その後、私とカトリーヌとの距離は明らかに縮まりました。
私もカトリーヌも10年かけて大人になったこともありますが、
苦労して日本に連れて行った甲斐があったというものです。
確かに日頃はEXIGEANTEなフランス女性の典型である性格のカトリーヌも、
日本では、私がいなかったらお話にならなくて、頼ってくれていたこともあります。
そして認めてくれた部分もあったようです。
今考えると、今までも私の方に問題があって、考え過ぎていただけで、
私が覚悟を決めて、親切に接して、壁が取り払われた部分も大きいかもしれません。
そんなことを考えさせてくれた、いい結果を出せたこの旅行に、本当に満足しています。

最初は、あんなに大変に思われた彼らの日本旅行を成功させられたのは、
もちろんひとえに、友人たちの協力があってのこと、
この場を借りてもう一度御礼申し上げる次第です。

この経験に気を良くして、なんとかやり遂げられる自信を得て、
自分の楽しみへの消化不良も残っていたため、
戻った翌日には、今度は一刻も早くクマの両親を日本に連れて行くぞ!と決意して、
それが4月に実行されたのでありました。
あんな美しい紅葉の景色に続いて、今度はやっぱり日本の桜ぞ!


その様子は 続く… またいつになることかしらね~?

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by tchierisu | 2008-06-28 00:52 | 日本


去年の11月の旅行の様子、それも日本の皆様にはそんなに面白くもない日本の絵、
それも思いっきり季節外れの写真で申し訳ないです。
でも今思い出すからこそ、また喜びも2倍というわけで、お付き合いいただいております。
暑い時に涼しかった日を思うのって、気持ちいいし… なんて…


クマとゆっくりのバカンスを終えて、私の誕生日の翌日に、
カトリーヌとフレッドがエアーフランス機で成田に到着しました。
私が日本に連れて行ったフランス人は、クマの他に彼らが初めて。
さぞかし仲のよい2カップルと思われますでしょうが
実は私、カトリーヌと10年以上前に最初に会った時から、彼女が苦手なのであります。
でもクマとフレッドは25年以上にも亘る固い友情で結ばれておりまして、
クマはフレッド達といるといつも本当に楽しそう。
でもでも、旦那同士が仲良しだからって、奥さん同士も気が合うとは絶対限りません。
いつでもなんでも、イベントとなるとカップル単位で動かなければならないフランスにおいて、
そこが本当につらいところなのです。

でも私が彼女を苦手なことは、今までおくびにも出していませんので、
当の本人や仲間たちはそんなことは思っていないでしょう。
クマは持ちろん知ってます。
そして初めて私と同じ様に思う女性に出会ったのが、ナタリなのでした。
ナタリの登場で、ずいぶんここでの生活が救われたのには、このことも一因するのです。

でも嫌い嫌いと言っていても始まりません。
なんだかんだでカトリーヌとも10年付き合ってきて、彼女も最近ずいぶん落ち着いてきました。
そこで、百歩も千歩も一万歩も譲って、
ずいぶん前からフレッドからリクエストが出ていた日本行きを、
ここで思い切って企画催行することになったわけです。

一番の問題は、彼らは全く魚が食べられないのです。
缶詰のツナでさえもダメ!
そんなんで日本来るなよ~ なのです。
そして彼らは食べることに興味がない。
彼らのうちに一日居ても、食事が出てこない。
何かそこらにあるマドレーヌみたいなのとか果物とかを、適当に立ったままほおばっている。
そしてバイクやスポーツし続けている という感じ。
生活のコンセプトが全く私と違うんだな~。

そんな彼らに、いったい日本で何をさせて、見せて、経験させれば喜ぶというのでしょう?

持つべきものはいいお友達。
本当にここのところ日本のお友達の存在に、感謝感謝なのであります。
今回この難しい2人を連れての日本旅行も、お友達の企画無しでは成り立ちませんでした。

EURO SPORT がお気に入りのテレビチャンネルである彼らにとっての日本とは、
「鈴鹿」か「相撲」であります。
でも鈴鹿は何もその時期やってなかったし、相撲は九州場所 遠いです。
やっぱり初心者には神社仏閣観光。
京都?とも思いましたが、私の喜びも満たすために、奈良のお友達にも会いたい!
近くの旅館でも紹介してもらおうと思いましたが、
魚が食べられない彼らに、出汁からして魚の味の和食は到底無理でしょう。
お食事を堪能できないのに、旅館に泊まるのは、なんかもったいないです。
でも日本家屋の生活も知ってもらいたいし、なんて言ってたら、
なんと、その友人のご両親が、ご自宅にガイジン4人を泊めて下さるというのです!
(私も今や日本語の上手な1ガイジン)
もう申し訳ないやら嬉しいやら。

成田に着いた彼らを母から借りている車に乗せて、
一日かけて奈良までまず連れて行ったのです。
日本人なら関空か名古屋に着く便にすればよかったのに、と思うでしょう。
でも車で長距離移動を何とも思わない彼ら、5~600キロくらい近いものなのです。
途中ではサービスエリアなんかに寄って、
とにかく色々な食べ物が売られているのに、彼らまずびっくり。
ミントチョコかと思って買ったのが、抹茶チョコで、
「EPINARD!(ホウレンソウ味)」とか言って、残りをすべて私にくれたりしたフレッドです。
食の文化がとても大切な、日本の様子がだんだん分かってきたようです。

途中、先週お邪魔した半田の横をすり抜け、
懐かしい伊賀上野、法隆寺の斑鳩あたりでは
「また今度ゆっくり来よう」と恨めしげに横目で見て、奈良に到着。
まずはドンキホーテとか、百円ショップとかで盛り上がります。
お仕事で忙しい友達に無理言って急いで来てもらって、その晩はおいしいイタリアン。
彼らも和食でなくてホッとしたみたいです。
でもそのイタリアンのおいしいことに驚いて、いつもよりたくさん目に食していました。
ね、日本じゃ何だっておいしいんだから!

巴里(彼女にとってのパリはいつも特別な意味をもって『巴里』と表記)
に数年暮らしていた彼女のお陰で、
私が通訳ばかりしなくていいのが、本当に楽で助かります。

夜遅くなって、ご迷惑にもどやどやとおうちにおじゃまします。
なんて立派な日本家屋なんでしょう!
こんな正しい日本のおうちを見せることができて、私も本当にうれしいです!
お風呂を焚いておいてくださって、お布団も敷いてくださって、至れり尽くせり。
本当にありがたいことです。

翌日の朝食は、パンがいいだろうということで、
わざわざおいしいパンをたくさん買ってきてくださるお心遣い。
ここは日本なんだからそこの土地の物食べさせておけばいいのに~~。
そうは思わないのが日本人の細やかさなんですよね~。
日本の朝食は、パンに飲み物にバターとジャムだけじゃ終わりませんよね~。
畑で採れた新鮮な野菜のサラダもありがたいことです。

そしていいお天気のお庭に出ると?

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なんか見たことのあるものがすぐ横の木立から突き出ているではありませんか。
そりゃあうちだって、車で30分も走れば、シャンボール城に行けますけど、
こんなに世界遺産とお隣さんなわけではありません。
さすがに奈良~~。
でも結局時間がなくてこのお寺は拝観せず。
私大好きなんですけどね、このお寺。
今度は絶対一人でゆっくり逗留させていただいて、
じっくり見学する意志を固めたのでありました。

その日はお友達もお休みを取ってくれて、奈良市内見物に連れて行ってくれました~。

鹿せんべいを口うつしにあげるカトリーヌ。そんな人初めて見ました!
自分のうちのロバにはこうやって餌をあげるそうです。手であげると怖がるんですって。
ここのシカはせんべい持っている人に対しては、何も怖がらないと思いますが・・・

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大仏さまもしっかり拝み、友達は通れなかったのに、
もっと肩幅の広いカトリーヌが、柱の穴の通過に成功。
そして外に出ると御日様が出てて、こんな素敵な写真が撮れました。
この写真が撮れただけでも、日本に来た甲斐があったというものです。

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お昼は有名なおいしい釜めし屋さん。
釜めし好きにはたまりませんな~。
彼らもしっかり食べていました。

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午後はゆっくり二月堂。なんて日本は美しいのでしょう?
念願の甘酒もいただきました。
フレッドはお箸でお汁粉に挑戦。
お箸だと急いで食べられないから、体にいいね、なんて言ってました。


そしてそして、その晩が大変。
お友達のお母さまの腕をふるっての大御馳走!!!
私たち総勢7人なのに、いったいどんだけ?30人前くらいあるのでは?
お父様もお手伝いくださって、出てきます出てきます。
魚が食べられない彼らのために、お肉や鶏肉の料理、
私にはおいしいお魚がいいでしょうと、また別のお献立。
どれもこれも素晴らしいのです。

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なんて美しいちらしずしでしょう! うなぎ入り!

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ざっと撮ってもこんな感じ。食べきれませ~~~ん。
茶碗蒸しの中身でさえも、その人それぞれで入っているものが違うという細かい配慮。

お父様ご自慢の本物の日本刀も登場して、フレッドも大喜び。
私も本物を持ったのは生まれて初めてでした~。

こんな温かいおもてなしを受けての2泊はあっという間に過ぎ、
私はまた今度絶対一人で伺うことをご両親にお約束して、奈良を後にしたのでした。

そして翌日は、奈良の友人も一緒に、神戸まで。
神戸は、ラリーストのYさんにオーガナイズをお願いしました。
久しぶりに奥様にも会えてうれし~。
奈良の友人も、巴里に暮らしていた時は、
Yさんと私と3人でシャトレあたりのタイ料理食べ放題なんか行った仲で、顔見知りなのです。

奈良から神戸までえらく時間がかかると思ったけど、意外とスムース。
まずは神戸タワーに登る。
そこでYさんご夫妻と久しぶりの再開。
東急ハンズなんかに行って、
フランスではお目にかからないオオキミのかわいい首輪をゲット。
今日もそれをつけているオオキミです。

そしてお昼に連れて行ってもらったレストランはもちろん、

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これをいただくため。

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こんな風にお料理していただいたわけですが、
切ってもらったのをお箸でいただくステーキって、なんか食べた気がしませんでした。
自分でナイフとフォークで切った方がおいしく感じてしまう私って、
もうすっかり狩猟民族・野蛮人の社会に順応しているのだと、実感した次第です。
でも本当においしかったです。

このレストランで、カトリーヌが事件。
奈良に向かうサービスエリアでは、「お尻があったかいトイレだったでしょ?」と言うと、
「え、いつものように便座は上げて座らないで使った…」 との答え。
そうです、フランスのサービスエリアなんかでは、それが正しい使い方で、
それに慣れている彼女は、ウォームレットを味わわずに過ごしたのでした。
その後いろんなところでトイレを使って少しずつ分かってきた彼女ではありましたが、
この高級レストランのトイレは、ブースに入った時から完全自動のもの。
便座のカバーも人を感知して自動で開きます。
でもその最初を感知しないと、何も起こらないという弱点も。
きっと彼女は自分で開けたか、もう最初から開いていたか、
それともトイレが彼女を感知しなかったためか? うまく働かなかったようです。
用を済ませて立ち上がると、ほんとは自動で水も流れるものですが、
うんともすんともなので、彼女自分で試してみます。
でももう立ち上がっています。
何が起きたかは想像にたやすいですよね。
私はちょうどその時、別のお友達がそこに訪ねて来てくれるので、入口の方に行っていて、
トイレ付近の騒ぎがわかりませんでした。
その後通りがかった私を、あたかも天の助けかと思うような顔で捕まえた時のカトリーヌは、
洋服の前がびしょびしょ、大興奮!
すでにお店の人がやはりびしょびしょになってしまったトイレの床を
お掃除してくださっているところでした。
お店の人に通訳をして、謝って、私もトイレのシステムを見てみると、
確かにすべて日本語表記。
肝心のトイレの水を流すボタンは、何のイラストもなくて、
箱の上側に「大」「小」とあるのみでした。
これではわからないですよね。

この時くらいから、カトリーヌは私の存在がいかに大事で、
この私がいかに優しくて心細やかに相手を思っているかが、分かってきたようでした。
日本人ってみんなそうで、それが普通なのよ!


この11月の日本行きの一つの目的は、
ネットでお知り合いになった方と初めてお目にかかる、というものでした。
前の週にも、クロスステッチ刺繍のコミュで親しくさせていただいている方と、
一緒にお食事することができました。
たくさんの共通項があって、たくさんのことをすでに知っている同士。
でも会うのは初めて、こんな経験って初めてでした。
ネットって、本当に不思議ですね。

そして、2週目のこの神戸でも、もう一人の方に、わざわざ三宮まで出てきていただきました。
こちらの方とは、このブログを通じて。
いつごろからか?どうしてその方のブログに最初に遊びに行くことになったのか?
今思い出そうとしてもわかりません。
ご縁って本当に不思議で、ありがたいものですね~。
レストランに来ていただいて、その後みんなで移動してお茶をしに行ったのですが、
そこでの少しだけのお時間を、ご一緒することができました。
初めてお目にかかった、このお二方からは、
本当にうれしい素敵な思い出の品をいただきました。
いずれも今も毎日大事に使わせていただいております。
眺めるたびに、彼女たちを思い出しています。
これからも末長くお付き合いしていきたいものです。
次回はゆっくり一人で伺って、彼女の愛するワンズたちとお散歩にも行きたい とお約束し、
お名残り惜しく、ブログ仲間の彼女とお別れしました。

六甲を超えて、一路向かったのは、有馬温泉。
Yさんが予約を入れてくださっていました。
旅館なんかを苦労して予約して、
それで嫌なことだらけだったとカトリーヌとフレッドに後で言われたら元も子もないと、
私はこの案を当初は避けていましたが、
Yさんが取ったなら、後で文句が出ても彼のせいにしてしまえ! とばかりに、
個人的にはこんないいお宿に泊まれるのを、私は一人で喜んでいたのでした。
奈良のお友達もYさんの車で 温泉まで同行。
ここで皆さんとお別れとなりました。

ここのお宿は本当に素晴らしかったです。
その後4月に京都の老舗ホテルの旅館サービスの離れに宿泊しましたが、
この有馬のお宿の方が遥かに良かったでした。
でも、問題は魚嫌いのガイジンたち。
板さんに本当に申し訳ないというものです。
それに、日頃から食事をそんなに取らない彼らのここ数日間の食生活の変化。
カトリーヌはその時もう完全に、自称「クロコダイル状態」に入りました。
ワニは一度大きな獲物を食べると、排せつもせず、新たにものも食べずに
1か月はそのままなのだそうで、まさにその時のカトリーヌでした。

ロランは仲良し友人に「僕は和食は大丈夫」ぶりを披露しようと、
仕切りにお箸を使って、何でも食しています。
でも昼間もYさんにごちそうになった、あのおいしいステーキ。
そしてこの旅館のものすごい量のお料理。
みんなは箸をつけることもできず、私が好きだというのを聞くや、次々私にお皿を回してきます。
これぞ真のフード・バトル・イン・ジャパン!!!
事前に、お魚はダメと、申し訳なくも言っておいたため、
彼らのためには特別に、おいしい神戸牛を中心にしたお料理が次々と出て来ます。
それでも食べられないので、本当に私が困りました。

もっとおなかがすいた時に伺いたかった…

お部屋も一部屋は一ランク高いお部屋が空いていたので、
それを普通の料金で回していただきました。
女風呂は、他に入っている人がいなくて私たちだけだったので、
カトリーヌもリラックスしてシャンプーなどできたようです。
もし他の人がいたら、部屋のシャワーを浴びるつもりだったようです。
確かに、隣に人がいたら迷惑になるような使い方でしたから、私もよかったです。
今まで一度も共同でお風呂なんか使ったことないのだから、当然ですよね。
そして茶色い温泉につかります。
男風呂との境がだんだん低くなって、お話ができます。
ものすごい熱いお湯を想像していた彼らですが、これなら大丈夫と、喜んでいました。

私たちを担当する若くて美しい仲居さんは、前の晩も翌早朝も同じ方。
びしっと和服を決めて、英語も話して、
朝からオレンジジュースを絞り、鰹節を目の前で削ってくださいます。
素晴らしい!

そして朝ごはんがこれ。

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今見てもため息が出ます。
丹波の黒豆の湯豆腐と海苔を温めている下には炭が入っています。
今ここですぐもう一度いただきた~~~い。
でもこの時は一人分で精いっぱい。
みんなはまったく箸をつけないのです。
みんなが回してくれますが、そんなに無理よね~。

これだけのサービスで、お値段も納得のいくもの。
このお宿、また行きたいです~。
どなたかご一緒しませんか?


関西を後にして、関東方面に戻りますが、往路は東海道を取ったので、
今度は中山道にしました。
馬籠とかはあそこらへん、そして中央アルプス。
暑い夏に、新宿からのバスで行った、駒ケ根から千畳敷カール、宝剣岳はあのあたり?
思い出の山々を眺めながら、諏訪湖まで上り、松本方面に行きたいのを抑えて、
その日の宿は小渕沢。
ホテルタイプで、食事もバイキングで、彼らもホッとしています。
そこで出会った勝沼の赤ワインがものすごくおいしくて、感動の彼ら。
ね、日本って何でもおいしいのよ!

こんな富士山も見せることができました。

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私は白い帽子をかぶった北岳の頭を遠くに見れて大満足。
八ヶ岳連峰も美しいです!
山を見ると故郷に帰ってきたという感じがします。
甲府のあたりからは秩父や奥多摩、大菩薩、乾徳山のある塩山方面、
歩き回った日々を懐かしく、あたりを見まわしました。
それにしても、規模が小さいような~。
こんな狭いエリアだっけ~?
私の体感物差しは、もうヨーロッパアルプスのようです。

中央道から、首都高に入ると渋滞。
途中信濃町辺りで降りてみました。
自分でも不思議でしたが、何とか溜池の方までスムースに来れました。
覚えているものですね。
ホテルにチェックインした時は、荷物が紙袋ものばかりのジプシー状態。はずかし~。
それをみんな部屋に運びます。
そして渋谷見学。
私とクマはカトリーヌとフレッドを渋谷の雑踏に残して、車を実家に返しに行きました。
3時間後に無事にハチ公前で彼らと合流。
夜は東京の友達と一緒におしゃれな焼鳥屋さん。
久方に、しこたま日本酒を飲みすぎ、寒い中初めて訪れたミッドシティーの様子も、
そのクリスマスのライトアップと共に幻のごとく…。

二日酔いで迎えた翌朝。
このホテルの朝食バイキングは、
世界中の名だたるホテルに泊っているフレッドも絶賛。
クマも世界で一番素敵な朝食と今でも言います。
でも、この時周りはガイジンだらけ。
フランス語が飛び交って聞こえてきます。
3人にとってはバカンス気分でなくなって、リラックスできないとのことでした。

チェックアウトを済ませて荷物を預けて、出かけたのがまずここ↓

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奈良の大仏さまで引いたおみくじが「凶」だったので、引きなおして「中吉」。ホッとしました。
その後は秋葉原。
ちょうど日曜日。
先日の大事件のあった交差点のまさにその場所で、
歩行者天国の様子をカトリーヌはフィルムで撮っていました。
犯人が逮捕された路地も写っていました。
いつも我々が行くのは、ヨーロッパ仕様の家電が買えるラオックス。
私が今回欲しかったのは、ウォシュレットですが、
うちの便座を取り換える計画があるので、
それを取り付けて、その寸法を正確に計ってからということで、見合わせました。
彼らもデジカメなどいろいろ買っておりました。
でももうスーツケースがいっぱいで、何も買えないという状態。
その後銀座へ。
彼らを外に待たせて、私は鳩居堂でお買い物。
松屋の外装がヴィトン一色なのに、驚く彼ら。
ホテルに戻ると、前の晩一緒に飲んだ友達が来ていて、
成田に向かうバスを見送ってくれました。
「ひとり残されてさみしかった」と後で言っていたので、
今生の別れじゃないんだから、これからはそんなことするもんじゃないよ と言っておきました。
こういうシチュエーション、ひとり残される方って、ほんとむなしくなるよね。

最後の1泊は、1週間前に泊まったのと同じ成田のホテル。
食堂の奥村氏のお陰で、えらく気に入ってしまいました。
ここも夕ごはんも朝食もバイキングだったので、彼らには◎でした。


エア・フランス機にて一路パリに。
成田では盆栽用の小さいはさみをスーツケースに入れ忘れて、
4ミリまでの刃渡りならOKのところ、5ミリあったため、
「もう一度エアフラのカウンターに行ったら、これだけチェックインできますよ~」と
セキュリティーの優しいお姉さんの申し訳なさそうなお言葉でしたが、
そのためにわざわざまた並ぶのも…と思い、諦めて没収していただきました。

オルレアンから来る時はレンタカー乗り捨てでしたが、
戻りは、大きめの車で来て、駐車場に停めとくというフレッドの話でしたが、
なんかのトラブルで、小さな車。
私たちがそれを使って、彼らが新たにレンタカーを借りて、それぞれ帰途に着きました。


ブログが長すぎて投稿できないので、続きは2個目の記事へ… 

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by tchierisu | 2008-06-28 00:41 | 日本

 
短くてもいいから、もっと頻繁にブログをアップしたい想いはあるものの、
なかなか実現できない言い訳が分かりました。
撮った写真をやっぱりアップしたいのにあたり、
そのサイズを小さくする作業がノロノロしてしまうのでありました。
最初からブログにこのシーンを載せる と踏んで、
あらかじめカメラの方でサイズを小さくしておいて撮影もしているのですが、
なかなかそうでないものも載せたくなってしまいます。

去年の11月に日本に一時帰国した際の写真を、
本当はもっとたっくさんお見せしたいのですが、
便利と言われるアルバム機能を使うこともできず、少しだけやった分で書きます。
全てをご報告するわけには行きませんものね。


クマと2人きりでゆっくりバカンスが取れたのは、実に3・4年ぶりでした。
でもそれも2週間のうち最初の1週間だけ。
後半はクマの親友のフレッドと、奥さんのカトリーヌがジョイントするので、
もっぱらガイド役です。
どうして私達って、いつも人のためばかり動かないといけないの~?と
爆発することもありますが、
皆さんに当てにしていただいているうちが花、
苦労はあっても、たくさんの方と一緒に楽しく喜ぶ顔をみながら人生を送ることに、
文句なんか言ったらバチがあたる!と、
孤独な秋葉原事件の犯人のことを思ったり…(極端ね~)
とは言っても、11月の旅行では、日本のたくさんのお友達によるオーガナイズの協力で、
素敵な旅行ができたのです。
改めまして、皆さんありがとうございました。

クマと2人きりの旅行では、東京・箱根の後に、
半田市の知人のお宅に2泊お世話になりに行きました。
最近は帰国の度に、東京に居る時間が長いと、具合が悪くなってしまう、
すでにすっかり田舎モノの私。
連泊が少なく、毎日が移動で忙しかったこともあり、
ちょうどいい大きさの緑の多い町を訪れて、畳に寝っころがってテレビを観て、
やっと日本に帰って来たっていう感じになりました。
新鮮な海の幸が豊富にあがる港に近いため、
奥様の手料理で、おいしいお魚料理をたくさんご馳走になりました。
特にこれが珍しいんだよと特別に取り寄せていただいたのが これ↓

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ご主人のOKをいただいて、写真アップです。
手にしていらっしゃるのは、これ↓

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アップするとこれ↓

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アサリを串に刺して干したもので、軽くあぶっていただきます。
でもこの小さいアサリを、このようにきれいに串に刺す細かい作業は本当に大変だそうで、
今やこれができる職人さんは、お2人くらいしかいらっしゃらなくて、貴重なものだそうです。
それにしても、ご主人のお魚のTシャツとよくマッチしてるでしょ? www

ご主人には、私達の行きたいところの情報をたくさんネットで調べて
地図などもたくさんプリントアウトしていただいて、本当にお世話になりました。
お忙しいのに、奥様にお付き合いいただいて、
常滑焼の作家先生の窯元に連れて行っていただき、
素敵な焼き物を連れて帰ることもできました。

カーフェリーで鳥羽から伊勢、そのあと陸路、松坂をめぐって帰ってくる、
日帰り伊勢湾一周の行程を教えていただき、時間を無駄にすることなく、
とてもいい思い出を作ることができました。
伊賀上野に母方の親戚がいる私は、幼い頃一度だけお伊勢さんを訪れました。
その時の、焼きハマグリの香りや初めての赤福が忘れられない味となりましたが、
今回は折りしも私が行く数日前に赤福は休業。
35年ぶりだというのに、何でしょうねこのタイミング。

始発の船に乗るべく、早朝、私達だけで行けると言うのに、ご主人の車の案内で、師崎港まで。
なんと奥様のおにぎり弁当朝食付きで、恐縮の限りです。
いいお天気の穏やかな伊勢湾を渡り、
反対側の伊良湖岬で船を乗り継ぐ、ゆっくり船の旅、
お昼前に鳥羽に到着しました。

船から降りて、まずは、パリのヴァンドーム広場にもある、ミキモト真珠。
真珠島では、冷たい水の中の海女さんたちのデモンストレーションや、博物館も見学。
真珠ってこうしてできるのね。
クマは麦藁帽をかぶって、長靴を履いて、いかだに乗って、
海から真珠貝の網を吊り下げて出ててくる養殖の人に変装して写真を撮りましたが、
さすがにここで公にするには耐えられない絵なので、アップは控えさせていただきます。
もちろんブティックもあって、ナタリにもお土産にネックレスを買いました。
私のも彼女のも、淡水真珠ですけど。
どうも高価な海の真珠より、こっちの方が好きな私達であります。(安上がりでしょ?)


その後車を走らせ、クマに見せたかったのが ココ↓

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神教の総元だから、やっぱり行かないとね。
本当は外宮も回るべきなのですが、時間がないので、内宮のみ。
特にこの五十鈴川の河畔に行きたかったのです。
期待の紅葉、美しかったです↓

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お守りを買ったあと、教えていただいた地図を頼りに、
松阪にまわって、念願の松坂牛のステーキ!
お肉好きのクマにどうしても食べさせたかったのです。
彼の分なので、盛り付けが反対からの写真ですが…↓

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大満足の一日でした。

この時のお約束で、今は週に一度、奥様にスカイプでフランス語をお教えしています。
私も彼女も忙しい事が多くて、なかなかきちんと毎週できないのですが、
それでも、もうすっかりちゃんといい発音で仏文を読めるようになられて、
私も教え甲斐があって、うれしい限りです。
いつか息子さんも独立されたら、フランスにでも暮らしてみたいとおっしゃっているので、
今からその日が来るのがとっても楽しみです。

たくさんお土産もいただいて、半田を後にし、湯河原の温泉で一泊して、
私の誕生日は成田空港近くのホテルで過ごしました。
翌朝の便でフレッドとカトリーヌがやってくるのを迎えるためです。

2週目の様子は、続く・・・ いつかな~?

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by tchierisu | 2008-06-24 01:21 | 日本

桜の日本が楽しみです!




ブログのスキンを変えて、気分を盛り上げています。
(ところで、エキサイトのスキンで、動くタイプって、これが初めてなのではないでしょうか?
また表示に時間がかかるなどして、皆様のご迷惑になってないと良いのですが・・・)


・・・と言うのも、4月3日の便で、日本に一時帰国します!
11月帰国の際は、お魚が全く食べれない友人夫婦をアテンドして一緒に旅しましたが、
思ったほど大変じゃなかったので、それに気をよくして、
今度はクマの両親を日本に案内することにしました。
2人とももう高齢、飛行機で12時間以上の旅は堪えます。
早ければ早いほどいいと言うことで、暖かくなったら、
それならやっぱり桜の季節・・・と言うことで思い立ちました。

私の実家の父はその後元気で、うちで節制の日々、
飛行機に乗ってフランスくんだりまでもうあんまり来たくないらしいです。
クマのお義母さんも、健康に不安があるようで、
今回も「飛行機で頭がふらふらしないかしら~」と心配気。
旅した結果、意外と大丈夫で、また後日、
改めて日本に来てくれるほど気に入ってくれればいいけど、
そうじゃなかったら、今回がもしかしたら
私とクマと 両方の両親の6人全員が揃うのが、最後になっちゃうかもしれません。
そう思うと、思わず悲しくて涙が出ちゃいますが、
だからこそ、いい思い出をパピマミにも持って帰ってもらいたいのであります。
あ、パピマミと言うのは、フランス語で おじいちゃんおばあちゃんの呼び方の一つです。
私にとっては義理の両親だけど、クマの娘や甥っ子からしたら祖父母なので、
常々申し訳ないと思っていながら、子供たちもこう呼んでしまっています。ごめんなさい。

決めたのは12月、1月に入ったら予約をかけ始めましたが、
ANA便は希望日もう満席!
京都のホテルも、桜の季節で、ほぼ満室で、滑り込みセーフ状態でした。
希望のホテルに3泊できず、途中でお引越ししないといけません。
それで、結局 2泊のはずの東京に一日前に出るので、3泊、
レンタカーを借りて、箱根の父が勤めていた会社の素敵な保養所に2泊、
その後、小田原で車を乗り捨てて、新幹線で京都に行って、3泊、
京都から東京にまた新幹線で戻って、成田のホテルに泊まって、13日にパリに戻ります。
10日で日本旅行のハイライトと言うわけです。
私ものぞみに乗るのは初めてです。

お義父さん パピは、アマチュア無線をやったり、古いラジオを直したりするのが趣味で、
美しく磨かれた、実際に放送を聴くことができる古いラジオをたっくさん飾っています。
掃除するのはマミなので、ぶつぶつ言ってますが・・・(笑)
なので、東京でのメインイベントは、真空管ラジオを探すこと!
日本製の真空管ラジオは戦後すぐに無くなったので、とっても貴重で、
ヤフオクなどでしかなかなかゲットできない代物と言うことも今回知りました。
でも、秋葉原や、小岩にお店があることを突き止めました。
原宿の東郷神社の骨董市に行くのも、手かもしれません。
バイク好きのクマのために、また上野のバイク街に行くかも知れません。
100円ショップや東急ハンズやロフトみたいなお店や、ドンキホーテとか?
飛行機予約の際に、みんなの荷物は30キロまでOKにしてもらっているので、
120キロまで持って帰れるな~。

箱根の保養所は運悪く今のところまだ2部屋しか押さえられず、
実家の両親が来れるかどうかはっきりいたしません。
だめでも どこかで一度は食事だけでもしたいですね。
ニッポンレンタカー虎ノ門営業所で7人乗りを借りるので、
6人でドライブできるかな~。
大涌谷なぞ見せたいけど、富士山の方も行けますね~。
箱根の保養所のすばらしい富士見の大浴場、
パピマミは熱過ぎて入れないかもな~。


その昔、京都に嫁に行った私ではありますが、土地勘がいまひとつなので、
京都の案内は、地元でライターをしているお友達にオーガナイズをお願いしています。
1日は、奈良のお友達もjointしてくれて、頼もしい限りです。
パリよりも見所が多い京都、3泊なんかじゃとても紹介しきれるものじゃありませんよね~。
パピマミには一晩だけ我慢してもらって、
大きなホテルの、数寄屋造りの離れの旅館形式のサービスのお部屋で、
夕食や朝食を経験してもらおうと思います。酷かしら?
日本に来て、ず~っとホテルのベッドって言うのも、つまらないと思って。
11日には、甲部歌舞練場での、都をどりも観ます。
お茶券付きなので、お団子の柄のお子皿も持って帰れる~。
錦の市場で、有次の包丁や 
近くのみすや針でクロスステッチ用の針をしこたまゲットしたいと目論んでおります。


やりたいことは盛りだくさんではありますが、
時差もあるし、私でさえ、いつも最初の1週間はぼ~としてしまう日本、
全てはパピマミの体調次第で、臨機応変に動こうと思っています。

いろいろいつもよりも細かく気を使って段取りするので、大変ではありますが、
それでも、またお友達にも会えるし、おいしいものも食べられるし、
今からとっても楽しみ~~~~です。

ただ不安なのは、やはり桜のこの季節、どこもここも人だらけでしょうね。
マミが疲れちゃわないといいな~と思って。
私でも疲れそうですもん。



そんなわけで、免許の学科試験の勉強をしつつ、旅の段取りもお友達と綿密に練って、
気分は浮き浮き、まさにこのブログのスキンのような心持なのであります。

日本から戻るのが13日、
15日には母がすぐに追っかけてきて、また1週間パリでオペラ3演目と、
春のイベントは続くのでありました~。

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by tchierisu | 2008-03-17 01:23 | 日本