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12月18日に出発した北米旅行。
特に最初、本当に大変だった様子を、長々と書きました。
お時間のある方に限りお付き合いいただき、私の体験したストレスを味わって、
一緒に白髪を増やしていただきましょう。



旅行に出る日12月18日(金)の前日から、大雪が降り始めました。
5センチ雪が降っただけで麻痺してしまうフランスの交通機関や高速道路、
11時の便に間に合うようには、前日からパリに入った方がいいのでは?とも思いましたが、
オルレアンで借りるレンタカーの時間や、クマの娘がこちらに着く時間を考えれば、早めに出るのは難しく、
やっぱり少しはこちらで寝て、当日早朝に家を出ることにしました。
熱こそ下がったものの風邪でのどが痛くて絶不調の私、最後の支度を済ませてベッドに入ったのが夜中の12時。
3時間後の朝の3時には起床、4時前には家を後にしました。
そんな時間にもかかわらず、やはりいつもより交通量は多めの高速、一つ事故が起これば大渋滞になりそうな気配、
早めに出て正解だったようです、…と思いたい。
スムースにパリを抜けて、空港には6時過ぎには着き、無事にレンタカーも返しました。
急いで出発便のパネルを見れば、たくさんの便がキャンセル、でも私たちのチューリッヒ行きは「定刻通り」と出ていて、ひとまず安心しました。
たくさん待つことになりますが、待ってさえいれば乗れるのですから、ちくちくしながら、時間をやり過ごしましょう。
オルレアンの町に最後に行けなくて、買えなかった、MARIAGE FREREの紅茶や、
重くてスーツケースから出してしまったCONFIT DE CANARDも、
セキュリティーコントロール内の免税店でゆっくりお買いもの、
「乗り継ぎするところでも出さずに、到着地まで持って行ってくださいね」と、パックしてもらって手荷物に入れることもできました。

そこまでは良かったのです、そこまでは…
11時に「定刻通り」と出ていた私たちの、スイスインターナショナルエアー、チューリッヒ行き。
30分前の搭乗口集合時間になっても、見れば飛行機はまだいない模様、でも、搭乗ゲートがちょっと横に変更になったものの、まだ表示は「定刻通り」???
そして11時、やっとアナウンス、チューリッヒ空港は雪のため出発が遅れ、こちらへの到着が遅れ、そのまま私たちの出発も遅れているとのこと。
やっぱりね~、そうそううまく行くとは思わなかったけど…。
心配されるのは、チューリッヒでの、トロント行きエアーカナダ便の乗り継ぎ。
でも情報によると、チューリッヒでは多くの便が遅れているので、「たいてい」大丈夫との話。
乗り継ぎ時間も1時間近くあります。何とか間に合いたい!
やっと飛行機が着いて、乗りこむものの、なかなか飛び立たず、結局CDGを飛び立ったのは、2時間近くの遅れ。
13時50分、チューリッヒに到着。世界中への乗り継ぎ便は、1便を抜かし、ほとんど飛び立った後。
私たちが乗るはずだった13時10分発のトロント行きも「定刻通り」で20分前に飛び立った後でした。(全部少しずつ遅れていたのは確かだったようです、でも少しだけ…)

「乗り継ぎに間に合わなかった方は、トランスファーデスクに行ってください」と機内で言われ、
そこに行ってみると、すでに今朝からの乗り継ぎ便に間に合わなかった世界中から来た何百人の人が並んでいます。
お水とコーラとジュースのミニボトルが「ご自由にお取りください」状態で置かれただけで、
列は全く進まず、いったいここに並んでいるとカウンターで何をしてくれるのか、全くアナウンスがありません。
旅慣れた人なら、そこで何が行われているのかわかるでしょうけど、
クリスマス休暇をどこかで過ごそうとたまに飛行機に乗る人も多い様子、
待ち時間が長ければ長いほどいらだちが増してきます。
誰かがちょっと、「こちらで代わりの乗り継ぎ便、あるいは他の交通手段の検索、必要であれば今夜のチューリッヒのホテルの宿泊券を発行しております。
お時間がかかりますが、ご了承ください。」と叫ぶなり、
紙に書いたものを立ててくれるとかすれば、もっと静かに整然としていられたかも知れません。
雑然と並んだ人たちが乱れてズル込みする感じになり、
業を煮やして「いったい何をしているんだ~!」「どうしてあんた達はそこで列の中に入ってくるんだ~!」などと叫ぶのは、
みんな回りにいる、フランス語で話すパリからの人たち。ははは。
「あなたはどこから来てどこに行くの?」とだんだん周りでも声を掛け合ってみると、パリにこれから行く人、
ウイーンやベニスに行く人、アメリカに行く人、モントリオールに行く人とまちまち。
ある小さい子供2人を連れたマダムはパニックになり、「いったい私はどこに行くことができるの~!どうしたらいいの~!どうなってしまうの~!」とヒステリックに泣き叫び、
具合が悪いらしい子供たちも一緒になって泣いています。
子供連れも多く、もう現場はまさに戦争中の難民キャンプ状態。
スイスインターナショナルエアーの責任者らしき女性が、マダムをなだめて別室に連れて行き、彼女の解決策を検索しています。
結局、素直に並んでいたら、自分の番が来るのは4時間後、18時頃でした。
私の後ろに並んでいたやはりトロント行きの1人だけの男性は、ススス~っと要領よく、ファーストクラスの少ない列に行って、
翌日のニューヨーク便、その次の日のNY~トロント便をゲットしたようで、チューリッヒのホテルの宿泊券をもらってさっさと去って行きました。
それを見た私はもう並んではいられません。ファーストクラスの列に、クマの娘が具合が悪いと偽って、
受け付けてもらいました。本当は具合が悪いのは私なのですけど…

いずれにせよ、その当日にはトロント便はもうありません。その晩の夜のチューリッヒ泊まりは確定です。
先程の男性のように1人ならともかく、私たちは3人、なかなか3人同じ便を取るのは難しく、時間もすでにあれから3時間も経過、
翌日ニューヨークかシカゴに行って、翌々日のトロント便もすべて満席、
その時すぐフランクフルトに飛んで、その晩のトロント便への乗り継ぎがあるけど、
乗り継ぎ時間が30分しかないので、とてもリスキー、
イスタンブールだったかどっか、トルコにまで飛んで、なんて話も出ましたが、
いずれにしてもその後のトロント便はすべて満席で、乗れるのが確実ではないのです。
フランス語の通じるここスイスでもこんな有様、トルコでなんてと考えるだけで今でも身の毛がよだちます。

もうそうなると、その日乗り遅れてしまったのと同じ、翌日のチューリッヒ発トロント行きのキャンセル待ちリストに名前を入れるしかありません。
翌日がだめだった場合、翌々日の同じ便、それもだめだったらその次の日の同じ便… 
あ~ いったいいつ大西洋を越えられるのでしょう、私もさっきのマダムのネガティヴオーラがうつって、泣き叫びそうになりました。
そのカウンターでの情報によると、
エアーカナダの翌日のトロント便のチェックインは、前日、つまりその日の夜20時から受け付けてくれて、スーツケースもチェックインしてくれるという話、
その時にいた方が何かと有利だから、いるようにと言われました。
ホテルの宿泊券とナベットの停留所などを教わり、やっとそのトランスファーデスクを離れたのが、18時頃。
先程の泣き叫ぶマダムも同時に終わった模様。彼女もなんとトロント行きなのでした。
他の素直に並んでいた人たちも、続々と終えて、ホテルに向かっています。
ウイーンやベニス行きの人たちはどうやら鉄道で移動することになったようです。

やっとそこから空港の外のエリアに出ることになるのですが、不安的中、ターンテーブルのところには、私たちのスーツケースがありません。
係りの人に言って、ドキドキと待つこと数分。
どこやら全く違う遠いところから押されてきたキャリーの中に自分のスーツケースを見つけた時は、本当にホッとしました。
もうここらあたりで、気力体力ともに限界に達していましたが、今度は20時にエアーカナダのチェックインカウンターにいないといけないとなると、
ホテルに行ってまた戻って来るというのは疲れることになるので、そのまま空港にとどまることになりました。

ほんのちょっと通過するスイスのはずでしたが、山の仕事で残っていた私のスイスフランを持ってきていて正解でした。
チューリッヒ空港は山のガイドの仕事で何度もお客様を迎えに来た思い出があります。
空港警察に行って、バッジを発行してもらって、普通の人が入れない、パスポートコントロール直後のターンテーブルのところでお客様をお出迎え、
お客様をバスに乗せて、警察にバッジを返しに走って、と毎回大変だった思い出があります。
まさかその空港でまたこんな目に合うとは… チューリッヒ空港と相性が悪いのかしら?
でも毎回同じグリンデルワルドのバスの女性の運転手さん、ソニアとは仲良くって、
空港職員食堂に一緒に行って食事をしたり、良い思い出もあるんだけどな~。
いずれにしても、何かと縁が深い場所みたいですね~。

あまり食欲もなく、チェックインカウンターの横で時間をつぶします。
もし翌日のトロント便に乗れなかったら、直接、ヴァンクーヴァーに飛んでしまおうか?
でもそれじゃあお友達に会うはずだったクマの娘がかわいそう。
ニューヨークやシカゴのアメリカの町に入って、直接クリーヴランドに飛ぶなんてのもありでは?等など、
疲れた頭の中を考えがくるくる回ります。
でももう1泊目の予定の、ライトアップされたナイアガラの滝の横のホテルには泊まれません。
飛行機を取ってくれたオルレアンの旅行代理店のお友達には、午後トランスファーデスクに並んでいる時から電話をかけて、
並行してトロントへ行く手段を探してもらっていました。
そして結局エアーカナダのキャンセル待ちとなった旨を話すと、パリのエアーカナダに電話をしてくれて、
キャンセル待ちリストの私たちを何とか順番をあげてもらえないものか頼んでくれました。それから1泊目のナイアガラの滝のホテルにも、行けない旨をメールしてくれました。
時間的にうまくいけばキャンセル料を払わないで済むかもしれません。
同じく、トロント空港のレンタカー会社にも彼女は連絡。
今のところ一日到着が遅れるので、車はそのままとっておいてもらうように頼んでくれました。
ダニー ありがと~~~。
彼女のその日の勤務は早上がりでしたが、ちゃんと同僚に引き継いでくれて、
途中からはその人がちゃんと私たちのお世話をしてくれました。

20時になる1時間前から、エアーカナダに行きます。先程のマダムと子供2人、他のパリからのカップルもいます。
翌日便のキャンセル待ちをしている旨を説明します。
フランス語があまりできないエアーカナダの女性で、カナダ人のご主人を持つくだんのマダムが代表で英語で話してくれます。
スーツケースはキャンセル待ちでもチェックインを受け付けてくれるということで、液体は持たないようにして、1泊分の荷物に手荷物を作りなおしたのですが、
結局受け付けてはくれないことに…
そこでマダム、またもやパニックに、子供も具合の悪いのの頂点に。
カップルの男性とクマの娘が男の子を建物の外の空気に触れさせるべく連れて行ったり…
でも考えてみれば、乗れるかどうかわからない便にチェックインを前日からできるはずないですよね?
結局、後ろに並ぶ本来のチェックインするお客さんをものすごく待たせて、こういうキャンセル待ちの人がいるということを伝えることはでたものの、
なぜか?スーツケースを広げてヒステリックに泣き叫ぶマダムのせいで、ものすごくカウンターの係の女性への心証を悪くしただけで、
翌日、便の出発3時間前、10時にもう一度来るように言われて、その晩はホテルに行くこととなりました。
英語の流暢なあのマダムの存在はありがたかったけど、やっぱり悪いオーラがうつってしまって、私も横でついついどなりがちでした。
彼女たちとホテルは違ったものの、各ホテル行きのミニバス乗り場でナベットに乗ったのは、21時。
ホテルの部屋に着いたのは21時半ころ。
パークインホテルはとってもモダンな造りの快適なホテル。
夕食券ももらっていましたが、もうみんなクタクタで、降りていく元気もありません。
私はシャワーを浴びてなんとかホッとして、持っていたお煎餅をかじって、23時に就寝、死んだように眠りました。
こうして18日(金)は終わったのでした。


なんだかここまで書いて、嫌な思い出がよみがえり、ものすごく疲れてしまいました。
そう、この時が疲労の限界のピークだったかな?



気を取り直して、続きです。

翌日12月19日(土)の朝は、7時半に起床。
私はもんんのすごく、これ以上ないくらいの絶っ不調。
寝巻をスーツケースにしまいながら、しみじみと思いました。
この寝巻をここから取りだして、疲れた身体を次に横たえて眠れるのは、いったいいつで、どこなのだろう?
今夜もまたこのホテル?あるいはチューリッヒの他のホテル?
それともヨーロッパのどこか他の町?
それとも大西洋を渡って、アメリカのどこかの町?
それともトロントか一気にクリーヴランド?
朝起きた時に、その日の晩どこで寝られるかが分からないことが、こんなに精神的ストレルになるとは知りませんでした。
たかだか遊びの旅行でさえ、こんなに精神的に不安になるというのに、
戦争や震災で焼け出された人や、難民として逃げている人など、そのストレスはものすごいだろうな~ なんて思いが、
なぜかその時、頭をめぐったものでした。


クマとクマの娘と朝食を食べに降りるものの、もどしそうになって、部屋に上がり、あわてて荷物をまとめて、
予約した8時半の空港行きミニバスに飛び乗ります。(出発を3分、皆さんを待たせてしまいました。)
空港に9時着。はやばやと前日のエアーカナダのチェックインカウンターに並びます。
クマはもう一度、コントロールを受けて空港内部に入り、
前日のスイスインターナショナルエアーのトランスファーデスクに、渡されていた紙が不備そうだったので、問い合わせに行きます。
その日も朝から雪が降り、もうすでに前日と同じようにたくさんの人が並んでいたそうで、
「今日も乗れなかったら、また後でここに、今夜のホテルの宿泊券をもらいに来てください」と言われたそうです。
あ~ そんなことになりませんように…

カウンターに1時間前から並ぶと、マダムも子供たちも、その朝は元気に登場。良かった良かった。
10時になると、昨日とは違うアジアの女性が登場。
とても親切に親身な応対で、いろいろと電話をかけて問い合わせてくれたりと、気分が救われます。
マダムより私たちが先だったので、アジアの女性が調べてくれると、パリから連絡が行っていたのか?
「あ。クマさんご家族はもうお席ございますね~」とぽろっと一言聞こえました!
私たちの目は輝きますが、マダムは「え~!うちは~!」。
アジア女性、その後すぐに、マダムたち一家の分が確定でなかったのか、そこで期待を持たせてはいけない規則からなのか?
「あ、でもまだ確実ではないので、荷物はキャンセル待ちとしてお預かりしますが、時間までに搭乗ゲートに近づいていてください。
そこのデスクにて、出発直前に私どものスーパーバイザーが来て確定しますので。」と言われます。
そうこうしている時、隣のカウンターに前夜の係の白人女性。
前日泣き叫んだため心証が悪い私たちではありますが、
彼女が来た途端、同僚のアジア女性に「あ、この人たち最悪だから、もうほっときなさい」なんてスイスアルマンで話しているのを、マダムは聞き取れた様子。
キ~~~~!
いやいや、でも落ち着いて、光は見え始めていますよ~。
アジア女性は同僚の言葉を聞いて、眉間にしわを寄せたものの、やっぱり親切に対応を続けてくれました。
やっぱりアジアの根本の教育は白人のそれとは違うわよね。

なんとか黄色いキャンセル待ちの札をつけながらも荷物はチェックインして、流れて行き、
マダム一家に、横のカフェでお茶をご馳走します。
子供たちもクマの娘がいて、大分リラックス。
お砂糖入れますか?と聞くと、とんでもない という話。 
…と言うのも、そこで知ったのは、マダムは糖尿病で、そこで数値を測り、注射を打つ時間なのでした。
でも、もうものすごいストレスで計算もできない様子。手伝ってあげます。
コントロールを通り、早めにゲートに近づくことに。
それにしても、まあチューリッヒ空港の美しいこと。
中に入ってからのレストランやショップの様子、寿司バーなんてのもあって、思わず立ち寄りたかったものの、
飛行機に乗れるかどうかも分からない状態、それどころではありません、今から思えば本当に残念。
搭乗ゲートのあるサテライトには、これまたモダンな地下鉄に乗って行きます。
以前東京の地下鉄で見た、トンネルの中に、走りながら動画が見れるスクリーンがあったり、
驚きながらも、心の中は手を合わせて祈り続けています。
もうずっとうまくいきますようにのおまじない、人差し指と中指をクロスさせて、木を触り続けていました。
もうこれでもかと言うほどのモダンな建築の中で、心を落ち着かせるために、写真なんか撮ったりします。


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こんなにきれいなゲート横。



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この飛行機にどうかどうか乗れますように!!!
と思わず飛行機の写真を撮りながら念力をかけます。


そしてそして、ゲート横のデスクに、スーパーバイザーらしき女性が現れ、他の係員とパソコン画面をあれこれ見て、
私たちが渡した名前のカードと見比べています。
そして、何やら印刷をして、名前を呼ばれて、やっとのことで搭乗券を渡された時は、
12時半ごろ。
本当に乗れるの確定ですね?と思わず確認してしまい、そうですよと言われると、緊張の糸が切れて、涙が出てしまいました。
怖い顔をしていたスーパーバイザーの女性も、思わず私を見て、ほほ笑んでくれました。
マダムと2人の子供たちも一緒に乗れることになりました。
人の波に乗って、機内に入る時、ちらっと横を見ると、パリから来たカップルはまだ名前を呼ばれていないようで座って待っています。
彼らは乗れないの?お気の毒で、彼らの方を見ることができませんでした。
私たちもマダムたちも、もちろん席はてんでバラバラ、でも私の隣に来た男性が、クマの席に移ってくれることを快諾してくれて、
私はラッキーにもクマと隣り合わせに座ることができました。
クマの娘はもっと前の方で、トロントの町やナイアガラ、アメリカに詳しい男性と隣り合わせ、
かなりの情報を収集したのでした。
そうこうしていると、最後のタイミングで、くだんのカップルも乗ってきました~。
よかった~。思わず声をかけてしまいました。

滑走路は雪のため、各便出発は遅れ気味、飛行機にも氷が付いてしまうので、氷取りの液を飛び立つ前にかぶります。
そんなことをしていて、結局離陸は、14時10分。
やっとヨーロッパを離れることができたのでした。


ここまで長々詳しくディティールを書きましたが、なんのことはない、
「出発の日、雪のため飛行機が遅れて、乗り継ぎ便に間に合わず、翌日同便のキャンセル待ちで乗れて、トロントに一日遅れで向かった。」
と言うだけに過ぎないのですが、
18日朝の3時から、19日のこのチューリッヒを発った14時までの34~5時間が、
本当に今回の旅の一番のストレスでした。
体調も良くなかったし、後から鏡を見ると、白髪が一気に増えておりました。

ここで、今回学んだ教訓。
その1。
おこずかいを貯めてバックパッカーで旅行をするような若い頃ならともかく、
もうこの年になって、100ユーロくらい高くても、飛行機はなるべく直行便を選ぶようにしよう。
その2。
乗り継ぎ便をどうしても使わなければならない時は、なるべく同じ飛行機会社、同じ国内で乗り継ぐようにしよう。
(例:ヴァンクーヴァーに行く時は、エアーカナダで、同じカナダの都市モントリオールかトロントに飛び、
そこで同じエアーカナダの便でヴァンクーヴァーに向かう。等)

というのも、翌日20日は、東部アメリカは大雪、NY空港も大混乱になった模様なのです。
ファーストクラスの列に要領よく並んで、2日がかりのNY経由でトロント行きをゲットした男性、
翌日のNYでトロント便に乗るのは大変だったかもしれません。
さっさと解決策を見つけて、ホテルに引き揚げていく後姿は、恨めしかったけど、
結局翌日ダイレクトにトロントまで行けてしまった私たちの方がラッキーだったと言えるかも…
と、今だからここに書いちゃいます。


9時間半の飛行を終えて、無事にトロント空港に着いた私たち。
飛行機を降りて、アライバルに着くまでの間に子供たちはトイレに行きたくて、付き合ってあげたり…
もう最後まで面倒みちゃうよ!
荷物をターンテーブルで無事に受け取り、長い列のチェックを通り、外に出ると、
マダムのカナダ人のご主人が迎えに来ていました。
子供たちもパパに会えて大喜び。よかったよかった。
「いいノエルのバカンスを過ごしてね」と言って別れた私たちは、レンタカー会社を探します。
無事に予約してあった車に乗ることもできました。
大きなブルーのフォードの4WDです。
GPSもオプションで借りて、いざ空港を後にしたのが18時過ぎだったかな?
フランスとの時差がすでに6時間。フランスはもう真夜中12時なのですよね。
トロントも暗くなってるし、お腹もすいてきてるし…
でも、チューリッヒでスーツケースにしまった寝巻を出して、疲れた体を横たえられるのは、
まだまだ先で、遠いところなのでありました。

続く…

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by tchierisu | 2010-01-19 09:33 |