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6月初めにここで宣言したように、もっと頻繁にブログも更新しようと思っていた
シャモニでの1カ月と21日のお仕事生活。
先週の木曜日に無事に終えて、家に戻ってまいりました。
フランスの田舎で日々ゆっくり暮らしている私には、まだやればきちんと働けるのだという自信にはなったものの、
日本の仕事の仕方、リズムへの復帰は、本当に苦しくて、心から疲れ果ててしまい、
次回は頼まれても絶対お断りしようという、強い思いが確立いたしました。
山のエネルギーがどんなに強くても、寝食が取れないほどの毎日、
どんなダイエットやジム通いをしてもなかなか痩せれなかった体重が、7キロ減、
体脂肪ともどもぐっと減ったったことがそれをよく表しております。
(長年履けなかったズボンが、みんな履けるようになってしまいました!)
10年以上前に毎夏やっていたお仕事とはいえ、以前は電話とファックスの世界でした。
でも今はすべてメール、添付するものもエクセル文書だったりと、浦島花子のようなお婆さんはついて行けません状態でありました。
パソコンの前にいる時間が長くて、目はしょぼしょぼ真っ赤。
夜中遅くまでフランス語はまだしも、英語でメールを送るのが苦しいこと!
10年以上前は決まったエージェントからの催行ツアーばかりで、仕事内容はもっと単純でした。
現在はそれらのエージェントから独立した人たちが、他のエージェントを作って、
個性あふれるツアーを企画して手配依頼してきます。
エージェントの量がなんと増えたことでしょう!
個人レベルのお客様も皆さんリピーターで、いろいろなことをよくご存じ、こちらへのリクエストが複雑になったことが忙しさの原因だと分析できます。

休みを取った時には、300メートルの高さにあるシャレフローリアまで、頻繁にガンガン歩いて、トレーニングを積む計画でしたが、それもはかない夢でした。
たった一回だけ歩きましたっけ。
お客様に付いて山のツアーガイドに出る時が、唯一眠れてまともに食べれる時でしたが、
花が咲き乱れて、美しい景色を眺めながら歩くことも一回だけで、
なぜならもっとハードなツアーに出ることは、寝不足の日々のせいで体力的に全く自信がなく、断っておりました。
それでもエギーユ・デュ・ミディにも何回も登ったし、車でグリンデルワルドやツェルマットまでトランスファーサービスもやって、
ドライブを楽しむこともありました。
懐かしい人々と出会ったり、ここが私のフランス生活での原点だなと、あらためて感じることもできました。

前回のブログで、シオンにサッカーの練習試合を見に行ったことを書きましたが、その翌日には、
数年前から入退院を繰り返している、シャモニの名物日本人ガイド、Jさんのお見舞いに行きました。
ジュネーブからシャモニに向かう時、サンジェルベや、サランシュという下の町から上がって来るのですが、
その時左側の山の高いところにへばりつく村に、建物がいくつか見えます。
あのキュリー夫人も最後に療養したというサナトリウム群です。
今日では、もう治らない末期癌の患者さんなどが療養する村とされています。
Jさんももう何度もそこに入ったり、よくなって家に戻ったり、でもやっぱり自力での生活が難しく入院したり を繰り返していると伺っていました。
私が伺った日はちょうど土曜日で、上司のK氏と、J氏リクエストの町の市場のサクランボを買って持って行きました。
古くからある静かな病棟、病院という感じがしなくて、素敵なところでした。
J氏は、以前ほどではないけれど、それでも毒舌もちょっと披露してくれました。
でも、息はほんとうに苦しそう、なのに、ベランダの灰皿には煙草の吸殻がたくさん。
どんなに止めろと言っても聞かないのですものね、しょうがない…。
お客様に花の名前を聞かれて「タカネオレシラネソウ」 と言って許される唯一のガイドだったJ氏。
元気な姿を知っている私には、痩せてトイレに立つのも難儀する彼の姿は相当ショックで、
Tシャツを着替えるのを手伝ってあげた時の熱のある身体の熱さが忘れられません。
お見舞いを済ませた後、まだ動揺している私を、K氏がその村にある教会に連れて行ってくれて、私の心は本当に助かりました。


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モンブランを真正面に同じレベルで見れるようなその高い村に建つ教会は、
外も中も有名なアーティストの作品で出来上がっていました。
工事中だったし、立ち寄ったのはほんの10分くらいで、私の写真もピンボケで、
大したものは撮れませんでしたが、ちょっとご披露します。

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シャガールや、マティスくらいしか私は名前を知りませんが、
ステンドグラスやタペストリー、絵画や彫刻が、すべて名のあるアーティストによるものだそうで、
なのにあまり人に知られることなくひっそりと建っている様が、
私と同じように、最期を待つ人々を見舞った後の人々の心を慰めてきたのでしょうか?

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パリオペラ座ガルニエ宮の天井と同じタッチ、シャガールの絵ですね。


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数年前一人で訪れた、ニースの丘の上のマチス美術館を思い出させてくれました。


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ステンドグラスのモチーフにジャンヌダルクもいました。
オルレアン近郊に住む私が反応しちゃうところが自分ながらおもしろいです。



J氏はその後10日も経たない6月15日に亡くなりました。
恋する女性が他の人に嫁いでしまった日本に見切りをつけて、
何カ月もかけて貨物船に乗ってたどり着いたヨーロッパ、そしてシャモニで、人生を謳歌しきった(と思いたい)J氏。
その後交流を再開したその時の彼女が駆け付けたのは、彼が亡くなった翌日でした。
彼女が来てくれるってよ というK氏の言葉で安心してしまったのかもしれません。
アヌシーの火葬場に旅発つ、雨が降り出しそうな曇った朝、日頃元気なシャモニのガイドたちみんなが集まって涙で送りました。
アヌシーにはジュネーブからもたくさんの人が駆け付け、その後骨ではなくて灰となったJ氏を偲んで、
K家では精進落しも行いました。
数日後には故人の遺志通り、シャモニに流れるアルブ川に、灰を流しました。
そうすることによって、J氏はジュネーブまで流れて、レマン湖に入り、ローヌ川を下り、地中海に出て、
大西洋に流れて、インド洋を通って、
来た時と逆の道をたどって、大阪に辿りつけるのです。

シャモニのガイドで、1924年にシャモニで行われた第一回の冬季オリンピックにも貢献した、
作家でもある フリゾン・ロッシュ (ROGER・FRISON・ROCHE)とも仲のいい友人であったJ氏。
フリゾン・ロッシュの 『PREMIER CORDEE 邦題:ザイルのトップ』は、私がフランス語を一生懸命勉強していた頃、クマがプレゼントしてくれて、
初めて読破できたフランス語の小説だったので、ぜひともサインが欲しかったのに、
その後J氏にロッシュに会いに行くことを頼めないまま、数年前にロッシュは亡くなってしまって後悔しきりでした。
今頃、ふたりはモンブランを眺めながら、おいしいお酒を飲んでいるんでしょうね。
私も、町ですれ違うと、「お~ちょっと来い」と呼ばれて、
「あ、今お客さん待ってるから忙しいんです~」と言っても聞いてもらえず、
一杯ごちそうになった元気だったころのJ氏を思い出して、
あの時のままのおいしいお酒を、今はゆっくり飲みたいと思います。

ふっと考えれば、数年間全くシャモニの山の仕事に就いていなかった私が、わざわざ今年に限って呼ばれたのは、
J氏に会うためだったのかもな~ と思えるのです。

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by tchierisu | 2010-07-28 18:41 | フランス生活




昨日アップした、分別ごみの記事には、たくさんのグリムスキーワードも盛り込みました。
そのせいか? 木はまだ大きくならないけど、さっそく誰かがやってきてくれました!

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何の動物? モルモット? アライグマ? 
記念撮影しました。 前向きと横向きです。
雲もお空で揺らいでいます。
かわいいね。
まだまだたくさんの動物がいるらしいです。





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こちらは、以前7月7日のキャンドルナイトの写真です。
みんなで電気を消して、ろうそくをともして、省エネのココロで、スローな夜を過ごしましょう
って言う企画でした。
素敵ですね。


ミクシイにもグリムスのコミュがありました。


キーワードだけをブログに載せるのじゃなくて、
やっぱりこれを読む人にも考えてもらえるような記事をアップしないといけませんよね。
こういう環境問題 environnement に関する言葉も、フランス語をお勉強中に一緒に学習しました。
「地球温暖化」 は、 EFFET DE SERRE 直訳したら「温室効果」かな?
オゾン層 couche d'ozone が破壊されるなんていうことも、オルレアン大学で発表しましたっけね。



ここ数年の地球全体の気候って、やっぱりおかしいですよね。
映画の筋書きはちょっと大げさかも知れないけど、あのシナリオだって、根拠無くて書かれたものではないでしょう?
変なお天気が続いたり、水害のニュースに触れると、
すぐにあの、ニューヨークが氷河期の様に凍てついてしまうシーンを思い出していまします。
大きな神様みたいな宇宙人が来て、他の生きものだけを救って、自然破壊を止めない人間は滅ぼされちゃうお話だって、
今回のは、もう50年近くも前に作られた映画のリバイバルだというのに、まだ同じことしている我々って…


自然には逆らえません。
壊したら元に戻すのは大変。
だから一人一人の小さな力からなのよね。


こまめにスイッチ切って、ゴミの分別、がんばります。
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by tchierisu | 2009-08-31 21:31 | 生活


毎年この時期は、オーべルニュで、ブリュノ主催の、JEEPの祭典があります。
一昨年以来、人が増えすぎてもう廃止 と言う声が上がり、残念に思っていましたが、
やっぱり今年復活です。

一方、パリオペラの予約と言うのは、
毎年3月にプログラムが発表され、翌9月から6月までの分の席を一気にとることになります。
はっきり言って、1年以上も後のスケジュールはなかなか出にくい。
母とのオペラのスケジュールが何事にも優先となってしまいます。
去年の3月の頃はJEEPの祭典はもう無くなったと言う頃だったので、
GWと言うこともよく考えず、5月前半のオペラの席を予約してしまいました。

…と言うわけで、母がまた明日パリにやってきます。
クマは夕べ、友達を連れて楽しそうにオーベルニュに出発しました。

そして私は、明日パリに行かなければいけないというのに、
夕べからひどくお腹を壊して、夜中もトイレに通う始末。
眠れなかったので、こんないいお天気なのに、昼間も昏々と眠れてしまいます。
水分補給が欠かせませんが、飲むと直後にトイレに駆け込む。
熱も微熱があるのかな?
風邪薬も無理して飲んで、ポカリスエットや、葛湯を少しづつしゃぶる様に摂取しては、
寝ています。

本当は今朝はジムに行って、ブログに写真を更新して、HAEDもがんばる~ …
なんていろいろ一人に時間を満喫する予定でしたが、
それどころではありません。とほほ

母は8日に日本へ戻ります。8日はこちらは祭日です。
前日7日から来ているクマの娘を連れて、クマはパリまで来て、
お昼を一緒に食べて、空港まで母を送ってくれます。

今日はそれでも今から近所の畑の、ホワイトアスパラの販売所に行って、
明日母に持って行ってあげようとしています。
パリのお友達のうちに荷物も預かってもらっているので、彼女にもおすそわけです。
それから18時には、オオキミをナタリのうちに預けに行きます。

なんでいっつもパリに行くとなると具合悪くなるんでしょうね?
やっぱり相当嫌なんでしょうね。

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さて、今日は5月1日。
フランスでは、幸せのお花、スズランを森で摘んできて、誰でも町中でも売ってもいいことになっています。


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これは先日、クマのお父さん、パピが、
もう花開いたというので、一足早くプレゼントしてくれたものです。
お部屋に置いておくと、とってもいい香り。

幸せなパリ滞在となりますように…



そんな訳で、撮りためた写真をお見せできるのは、5月10日以降になってしまいます。
みなさま、よいゴールデンウイークをお過ごしください…

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by tchierisu | 2009-05-01 22:10 | フランス生活

また更新をご無沙汰しちゃいました。

でもこの間に、だいぶ事故後のショック、体の方も元に戻ってまいりました。
時間ってありがたいな~。
まだちょっと何かすると、肩こりがひどかったり、
傷が痛むので膝はつけないですが、
次の車の話もできるようになってきました。

そして、クマがとうとう先々週に中古車を購入。
先週の木曜日に持って帰ってくるはずが、部品待ちで今週に延びています。
私としては、実はまだ運転したくないし、
車がなかったらなかったで快適なこの暮らし。
お姫様状態が1週間延びたので、うれしい限りなのですが…
でもそうも言ってられないのよね~。

先週の前半まで、人様にお願いごとのお手紙をワードで作成しておりました。
事故後初めてのお呼ばれの席で、アルコールで気が大きくなり、
私自身が言いだしっぺでお引き受けしたものの、後で結構後悔してしまいました。
それというのも、事故後初めて、集中して、物事を行ったので、
遅々として進まず、毎日少しづつ書いては、推敲して
この内容・表現でいいか、こちら側の人間に電話で聞いたりして、
なんと、10日間くらいかかえてしまいました。
その手紙を送るまで落ち着かず、ブログの更新や刺繍が全くできませんでした。
やっと送った時は、ものすごい脱力感。
久しぶりに使った脳が、オーバーヒートしたみたいで、ジンジンしましたよ~。
その後も、「パソコンに向かって文章を書くのがもうイヤ~」状態に陥り、
その疲労を、ステッチテラピーで回復していました。

というわけで、ステッチャーさんのブログが毎日どんどん更新されて、
作品がどんどん進んで行くのを、日々読み逃げでありました。
ごめんなさいです~。


7月頭に注文した家具が、なかなか配達されず、やっと9月下旬になって、やってきました。
ダイニングに置く、食器棚です。
これでやっと地下に眠っていた日本から持ち帰った和食器や、
DEPOT VENTE で買った、古いセット達を出すことができました。
これにも力を費やしていたかな~?

クマも今まで数年間したくてもなかなかできなかった、地下の大掃除をして、
私ももう絶対に着ない、第一日本人サイズだったもう二度と着れない
肩パットの入った80年代デザインのスーツとか、ブラウス、
7センチヒールのパンプスなどの靴たち、
ふたりで大きなごみビニールの袋5個くらいを処分しました。
それは、また誰かが引き取ってくれるかもしれないので、
スーパーの駐車場にある、赤十字かなんかの箱に入れて来てもらいました。
今は、すっかり捨てるモード全開です。
これから徐々に、うちの中の他のブラックホールもアタックします!

家庭教師も復活しました。
でも、なんか前のようにはいかないみたい。
頭の切れが悪くなったとでも申しましょうか…
まあそれも日によって違うようですが…
なんでも慣れていかないとね。

 


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2週間前に買った鉢植え。
お店ではいったい花が何色なのかわからないつぼみ状態でしたが、
その後この写真のように開いてきて…



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これは、今日の今現在の状態。
こんなに咲いてくれてうれしいです~♪



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一緒に買ったミニバラたち。
かわいいです~♪
新しい食器棚の横に置いて、楽しんでいます。
今春は、何のお花も植えなかったからな~
やっぱり緑がうちに中にあるのはいいな~。




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うちのMEZIERES村には、小さいながらも、シャトーがあって、
そこではお客さんが気球に乗ることができます。
風向きによっては、うちの上を飛んでいきます。
金曜日は、ものすごく低く飛んできて、オオキミ吠える吠える。
この時の様子の動画を、うまく行ったら、ミクシイ動画に張ってみようかと思っています。
マイミクさんはそちらでどうぞ…

吠えるオオキミと言えば、また今年も狩猟がはじまり、
毎朝早くから、オオキミが大騒ぎで私を起こしてくれます。
先日は朝1度とかで寒かったですが、今日は暖か、
フリース脱いで、Tシャツでいられます。
テラスに出て刺繍をしていると、狩猟の鉄砲が戦争のように激しくて、
流れ弾に当たりそうな勢いです。


昨日は、お友達のジープマニアが、クマのメカニックの手伝いに来てくれました。
奥さまと坊やも一緒なので、私は土曜日から、お料理の準備でした。
肉じゃが、自分で作ったトマトソースでナスのミートソーススパゲティー、
自分でガンガンたたいた子牛肉のエスカロープのミラノ風カツ、
サラダに、ハーゲンダッツマカデミアチョコレート菓子添え。
完璧な食事でありました。
奥様と坊やとで、森に行って、栗がどんな状態か見に行ってきました。
先週末と一緒で、ちょっとまだ早いみたいで、小さかったです。
今年はキノコは、乾燥している気候で、去年ほど多くありません。
一日彼らと一緒で、やっぱり今日はどっとお疲れ。
本当はチクチクしたいですが、
こんなにブログを放置するのもいけないと思い、がんばっています。

ちょっと進んだステッチの様子を、別記事でアップしたいです。
近況でした~!

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by tchierisu | 2008-10-13 23:54 | 生活


本当でしたら、今頃はクマのレースがちょうど終了したところで、
これから片づけをして、長い道のりを夜中走ってうちに戻るところです。
ブログも次回のアップは、そのレースの様子を…と思っていました。

でも、この週末は結局うちにいることになりました。

それというのも、金曜日の午後、出かける前の買い物の帰り道、
大事故にあってしまいました~!

今、詳しく状況を書いたのですが、
自分で書いていてまた思い出して怖くなってしまったので、
やっぱりもうあまり思い出したくないので、削除します。
ごめんなさい。

とにかく、私の車は廃車。
私は消防士さんたちに、後ろのドアを壊して開けられて、板に乗せられて寝た状態で救出、
病院に運ばれました。
そして奇跡的に、どこの骨も折れていないと診断されて、
何と青あざのうちみだらけだというのに、レントゲン一つとってもらえず、
クマの車でうちに戻ってきたのです。
まさにミラクル、奇跡でした。

あれからちょうど48時間ちょっと経ちますが、まだからだ中痛いし、
特に、頭や首がとっても痛いです。
でも、筋肉痛や筋が痛いというレベルですけど。
それに精神的にもショックから脱出できてないです。

パソコンに向かったり、テレビを観たり、やりたい刺繍も、
今はまだまだ辛い状態です。

最近新たにお友達になった、ステッチャーさん方から、
メッセージをいただいていて、本当は、それにお返事したいのです。
でも、今はとてもまだ無理で、休息をして、
落ち着いて元気になったら、改めてお返事させていただきたいと思います。
せっかくメッセージいただいているというのに、本当にごめんなさ~~~い。

でも皆様のブログには、調子のいい時のおじゃまして、
コメントできたら書かせていただきます!

ここまで書いて、かなりの疲労です。

車がないので、当分お出かけお買いものも自分では無理、
伺う家庭教師は申し訳なくもお断りしました。
車をどうするかもまだ決めていません。
それにまだショックから立ち直れないのか、クマの車に乗るだけでも怖いです。
出かけると緊張のあまり帰ってくるとどっと疲れてしまいます。

そんなこんなですが、今はゆっくり静養させていただき、
また復活した暁には、どうぞよろしくお願いいたしま~す。


みなさん、くれぐれも安全運転で、気をつけてくださいね。

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by tchierisu | 2008-09-07 23:58


8月もあと1週間。
クマの娘も犬のホテルを営むナタリのところで、今月はアルバイトでした。
15歳の彼女、実はバイト代はパパが出します。
まだ自立しきれていないクマの娘を、
手伝ってくれるとは言え、研修生として仕込むのは、ナタリだって大変な作業。
逃げちゃったり、かまれたりする事故が起こらないように、
犬たちの面倒にはとっても神経を使いますから、
時に一人でやった方がよっぽど楽だということもあります。

年頃になってきたクマの娘が、
あれが欲しいこれが欲しいという度に買ってやるのは簡単ですが、
やっぱりそれでは彼女のためにならないと考えるクマ。
アルバイトの提案をナタリに頼んで、ナタリからお給料を出してもらうという形で
その財源は大人たちの間の内緒ということになっています。

フレッドとナタリの家は、うちから12キロ離れているので、
毎朝早く送って行くのは無理。
自転車でという案も、誰も通らない田舎の森の中などを通ることになり、
途中で何があるかわからないので、却下。
なので、クマの娘は彼らの家に住み込みで働いています。
動物好きの彼女にとっては、まとまったお金も入るし、
とってもいい、一夏のアルバイト経験だったのではないでしょうか?
おかげでうちに彼女が来るのは、週末お休みをもらう時だけ と、
私にとって、今年はずいぶん楽でした。

週末はクマもいますから、刺繍なんかもなかなか捗らなかったりします。
我が家を建てて引っ越しをして住み始めたのは2000年なのですが、
まだまだいつもどこかしら工事をしていて、出来上がることはありません。
今年に入っての課題は、自分たちのお風呂場の鏡や、引き戸、
2階のクマの娘やお客様用の浴室です。

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これはまだ寒かったころの工事中の姿。
タイル屋さんに来てもらって、タイルを張ってもらいましたが、
上の写真の後に、クマが作った棚の部分の張り方が気に入らず、私がダメ出し、
クマはもう、催促してもなかなか来ないタイル屋さんに頼むのはやめにして、
自分で壊して、やり直してくれました。
私も手伝って、シャワーブースや、洗面台の家具を設置、
天井が斜めなので、鏡が大きすぎ、枠も切って、寸法を合わせます。
鏡がもろいガラスだったので、切る際割れてしまったので、
新しい丈夫な鏡を買ってきて、そちらをはめて、見事ぴったり。
そして8月はじめ、クマの娘が来るのに間に合わせて、やっと使えるように出来上がりました。

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↑入口から覗いたところ。
手前のタイルの目地材が足らなくて、今後の宿題になっています。

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↑ぴったりはまった鏡の洗面台とシャワーブース。


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↑一番気に入っている、私が描いたバスタブの頭の部分の上の棚。
小さなタイルをはめていくのが、タイル屋さんやクマには大変でした。
すみません、こんな面倒なデザインで…
でも頑張って作ってもらった甲斐あって、私とっても気に入っております。
美しいです!(自己満足)

まだバスタブの方にシャワーが付いてないので、バスタブ内を洗うこともできませんし、
入り口入った左にこれから棚ができてまいります。
窓にカーテンもつけないとね。
COMPTOIR DE FAMILLE でなんか見繕ってこようかと思います。
そのうち私の刺繍入りの小物も置きたいな~。

とりあえずこの夏から、クマの娘も自分のSALLE DE BAINが持てて、
独立できて、みんなにとってもよかったよかった。
お客様にもこちらを今度からはご利用いただけますよ~。



そして8月の週末は、庭の橋のやり直しでした。
確かに庭の池に橋を作ろうといったのは私ですが、こんなに大きなものになるとは…
ミニマリスムの日本の庭のコンセプトからほど遠いものになってしまいました…
でももう作っちゃった欄干を使わないわけにはいきませんよね~。
一度私たちの留守中にできてしまったのですが、
やっぱりいくらなんでもあまりに大き過ぎ、高過ぎ。
基礎のセメント部分を切って、欄干をセメントの横につけて低くして、
幅も狭くすることにしました。
クマはここのところの週末は、9月初めのバイクレースのためのマシンの調整と、
自分のトレーニング (ほんのちょっと、笑) と、
この橋の工事を頑張っておりました。

先週末は半分まで完成。
そして昨日は、クマの娘が休まず働くというので、
お昼をフレッドとナタリの家に行ったので、
工事は16時ころから再開。
暗くなる頃まで、まだ終わりません。

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オオキミは何かと私達の興味を引こうと、いたずらを探します。


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確かに庭全体、池の大きさからしたらまだまだ大き過ぎて、景観が台無しですが、
クマの努力に、私もこれ以上もういろいろ注文を言えないというのが正直なところです。
庭にいる時間よりも、内から庭を見る時間の方が多いのですから、
実はまだ心の中では泣いています。


そして、最後に床板を張って、昨晩なんとか完成しました。

クマはこの上をバイクででも走るつもりなのかしら?
頑丈なのがいいというクマの言う通り、
それでも、橋に乗ってしまうと、それはそれはとっても快適。
腕を置いてよりかかって、水を見るにはもってこい。
池は2メートル以上の深いところもありますから、
この方が安心と言えば安心です。
でもクマのいつもの仕事のように、
出来上がった現場に、消防署や市役所の検査は入らないんだけどね~。


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椅子を持ってきても木の橋の床に座っても、お魚を観察しながら、
静かな時間が持てて、何時間でもいられてしまいます。
ついお魚に餌をあげ過ぎちゃいます。
オオキミも私の横に座ってじっとしています。
ここでおにぎり食べてもおいしそう。


刺繍している途中で、呼ばれて、時々手伝って、少しづつお家を作って。。。
この夏はどこも旅行には出かけなかったけど、
こんな風にうちで週末を過ごす方が、私たち2人は好きだったりします。

クマの娘の仕事も今日で終わり、今晩はパピマミの家に泊まって、
明日電車でANGERSのうちに帰っていきます。
今晩は洗濯物の山が来るぞ~。

お引き受けしているお子さんの家庭教師も来週でおしまい。
少しはお役に立てたかしら?
私としては久しぶりでもあったので、結構大変で、
今後はお子さんはお引き受けできないな~ と、実感した出来事でした。

刺繍ももっとやりたいのですが、腰が痛くなったりの運動不足解消に、
ジムに行かないと刺してはいけない、という決まりを自分で作って、
今まで頑張ってきました。
なんでも自分をしばる私。。。(笑)
サンドリンヌ先生から、
「時間は短く90分でいいから、週4回は来るように」 と言われ、
そのノルマを果たすべく、努力しました。
でも刺繍をつい夜中の2時まで刺して、ジムに行って、750カロリー消費してというのは、
もともと運動していたわけではない私の体、特にこの年齢になってきて、
とってもきつくて、目から来るのか時に頭痛も激しくて、
疲れがたまって、一昨日あたりがピークで辛いこと!
そんな私を見て、クマが、
「サンドリンヌは今までずっと若い頃からスポーツ一筋だったからそう言うんだよ、
君はそうじゃないんだから、週にまあ2回行けばOK、人の言うことなんか聞かなくていいよ。
他に家庭教師のある日が、9月からは2日だけにして、
スカイプでお母さんと話したり、メールしたり、ブログ書いたり、
オオキミと外にお散歩に行ったり、後は大好きな刺繍。
なんでもひとつだけのことに集中しすぎると、他のあれはできなかった、
集中したこれさえも、これしかできなかった、と後悔ばかりになるから、
たくさんのことを、全てまんべんなくするようにしないとね?」

確かに、ここのところの私は、HAEDを通じてネットのお友達も増えたことも励みとなって、
もっとアップできるように頑張らねば、ブログも更新せねば、ジムも4回行かねば、
家庭教師も準備をもっとしっかり、
そして週末だけとはいえ、やっぱりクマの娘もいたりで、
ちょっと自分に課すものが大きくなってきちゃってました。
ジムの4回のノルマが一番つらかったかも~。
京子食品のUさんに
「え~、ジム行ってらっしゃるんですか~、いいじゃないですか~楽しいじゃないですか~」
と先日配達の際に言われて、
「そうか人はあれが楽しいものなのか~。」と考えちゃいました。
私には時にとってもつらいものだわ~。

寄る年並みか、体も以前のようではなくなってきているのだから、
もっとゆっくり生きないといけないのを忘れていました。
この、~しては、あるいは、~しなくては 「いけない」 と言うのが、いけないのでした(爆)

不思議なもので、たった3分、クマにそう言われただけで、
昨日からすっと気持ちが楽になってきました。
とにかく好きなことをし続けて、具合が悪くなってはいけないのでありました。
なので今日は朝は一応ジムに行こうと、スポーツウエアに着替えたまま、
ブログ書きに徹してしまいました。
なんでもバランス良くできない、極端で不器用な私振りがまた出てしまいました。


それからマイミクさんが以前書かれていましたが、
コブクロの曲を聴いただけで涙が出る って。
私の音楽を一番聴く時間は、ジムでの90分間、ウォークマンでです。
中にはそりゃあもう沢山の種類の曲が入っていますが、
静かすぎる曲ですと、運動をするにはテンションが上がりません。
日頃は絶対聴かない、ダンスミュージックやHOTEL COSTEなんかを聴いて、
最初のうちは頑張ります。
クロストレーナーと、ベルトの上を早歩きするのと、自転車こぎの3つをやるのですが、
自転車が一番大嫌い、つらいです。
そんな時は、日本語の曲にチェンジして、それを歌いながらだと時間が早く流れてくれます。
コブクロと言う人たちを知ったのは今年に入ってから、
お友達のCDをお借りして、ジムで聴いてみました。
私はゴスペラーズが好きで、涙して聴くのですが、
それと比べたらコブクロって歌のうまさが今一つで、
あんまりぴんとこないな~ なんて思っていました。
でも、そのマイミクさんの日記を読んでから、私ももっと真剣に聴いてみることにしました。
そのうち、うん、なるほど、なかなかいいかも と だんだん思えるようになってきて、
特に、コーラスでみんなで大合唱みたいな部分は、
いにしえのNHKで「ステージ101」という番組があったのですが、
その時の歌声を彷彿としていて、とっても私の琴線に触れました。

涙が出るのも、その日のコンディション、自分の精神状態によるところが多いようですね。
ゴスペラースの声は、本当に美しい!
歌詞はちょっと若者すぎる時もあるけど、あのボーカル聴いていると、感動の涙です。
他にサザンや昔の曲のリミックスものなどで涙を流しながら自転車こいでいるのを、
サンドリンヌや台北から戻ったリフェン先生が笑って見ています。(恥)
でもそのお陰で最後の一番つらい15分20分が頑張れるのです。
Jpopよ ありがとう! なのです。
皆さんのお勧めは何ですか?

そうそう、そのマイミクさんの情報で、8月12日は、流れ星たくさん見れました。
そのピークの日より、それより前の方が見れたのは、
それからいつも雲がかかった天気だったからでしょうか?
夜の星の観察はとっても寒かったです。



そんなこんなで、それなりにいろいろあった今日この頃でした。

夏も終わりですね…・
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by tchierisu | 2008-08-26 00:36 | フランス生活



と~~~~ってもお久しぶりです。
2ヶ月以上もブログを放置してしまったのは、始まって以来のことです。
ご心配いただいてご連絡いただいた皆様、ありがとうございました!
でも、思うところあって、断っていたブログ、今から再開です。

前回の記事アップは3月末、運転免許のCODE筆記の試験合格直後でした。
その後、4月1週目から2週間近く、
クマの両親を、桜の日本紹介ツアーに連れて行って来ました。

それが終わると私がパリに着いた48時間後の同じ便で、母のパリオペラに同行。
その時は自分もまだ時差ぼけで、大好評だったバスティーユでのWozzeckで、
いい席だったと言うのに、初めて途中寝てしまいました。とほほ。

母が帰った後の4月最終週は、家庭教師はしたものの、
時差がまだ残って、疲労回復期間。
でも28日の月曜日には、新しい教習所に行って、今度はオートマ車の路上練習のランデヴ。
5月2日から始まりました。
最初の数回は、まあまた例のごとくハンドル汗だくの緊張の連続。
とてもジムもブログも刺繍さえも手に付かない状態でした。
と言うのも、本番の試験には、質疑応答があって、
エンジンルームを開けたり、タイヤを見たり、メカニック的なことにも言及するのです。
CODEもそうとう難しかったけれど、選択肢、
今度はフランス語の特別な単語を使って、
たとえば、「ハイドロブレーニング現象とは何ですか?」、
なんていう質問に答えられなければなりません。
その100問くらいある質問を、ほとんど丸暗記するのに、
全くもってこの年で、脳みそを酷使したと言うわけです。

なので、ジムとの両立はとても無理、
ブログは「断つ」というか、全く余裕がなかったので無理、
願掛けして断ったものは、やっぱり刺繍かしら?
でもそんなもの断って、いったいご利益があるのかしら?

教習車に9回ほど乗って練習の後、本番試験が、5月30日でした。
結果は郵送で送られてくるのですが、薄ぼんやり確かな手ごたえを持って、
翌日31日からは、友人たちとコルシカ島4泊の旅。
一抜けして早めに切り上げてパリに6月4日に戻り、
その日の夕方母がまたパリオペラ、6泊付き合い、
先週は今までの疲労でふにゃふにゃ。
昨日やっと本物の免許証が郵送で届き、ほっとして、
今やっと、日ごろの生活が戻りつつあるところなのでありました。

こんな毎日を送っておりましたが、この間に起きたことを、
さかのぼって、綴っていけたらと思っています。

何よりも刺繍がやりた~~~い!病になっております。
でも家にいるといろいろやることってたくさんあって、
やりたいことに手をつけられない要領の悪い私であります。
ジムも1月末以来丸4ヶ月も行かずに、年会費がもったいないのでありました。

ほら、こんな風に短ければ、あっという間に記事アップできるじゃない。
これからの目標は、短くても頻繁にアップする! です。
さてできますかどうか?
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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by tchierisu | 2008-06-19 02:24 | 生活



皆さま 旧年中は本当にお世話になりました。
本年もこんな私ですが、懲りることなく
お付き合いのほどお願い申しあげます。



2008年が明けました。
(平成何年なんでしょうか?)
小学校の時から、いつも良くないことが起こるのは、12月で、
天中殺占いでは天中月と言われてきました。
そして、1月に入ると、そのもやもやが からっと晴れたものです。

今回もそうです。
父も29日には退院できて、お陰様でお正月は自宅で過ごすことが出来ました。
クマの娘も今まだ学校が始まらないので、家に滞在していますが、
いつになく私は自然にしていられます。

連日のように食べたフォアグラのカロリーで、
11月帰国の頃よりも、最近顔が丸くなってきた~
このままではいかん! とばかりに、
元旦はお休みだったので、2日・3日と2日続けて、ジムにも行ってきました。
今朝は太極拳の後、1ヶ月ぶりに筋トレのクラスにも出て、
筋肉がいかに落ちちゃっているかを再確認いたしました。
その後ちゃんと1時間半のマシンの自主トレもしました。
いつになくエネルギッシュ。
前のような元気が出てきて、自分でもとてもうれしいです。
いつまでもめそめそしてなんかいられません。

ちょっとお日様が照った時、自然に目を向ければ、なんとなく春も近いかも~という気配。
池には氷が張って、まだまだ寒いですが、
そんな風に思えるのは、ひとえに自分のコンディションなんでしょうね。
冬至が過ぎて、日もこれから長くなってくる! ということを異常に意識してしまいます。

クロスステッチ三昧に明け暮れたいこの頃です。
1月1日にはひとつ作品も仕上げました。
車の免許も取りに行かねば・・・
教習所でもらった本も最後の数ページが残っていたのを
昨日からまた読み始めました。
集中してここらで一気に取ってしまうことにいたしましょう。

今年もこんなゆっくり更新ですが、
時々遊びに来ていただいて、コメントを残していただけるととってもうれしいです。
どうぞよろしくお願いいたします!


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by tchierisu | 2008-01-04 04:01 | 生活

ずいぶん長く、ブログの更新をしませんでした。
こんなことは初めてのことです。
優しいお友達からは、私が病気になったのでは・・・と心配していただきました。
ご心配いただいて、ありがとうございます。040.gif

前回、母がストでパリのオペラを観れずに帰った、その1週間後、
クマと私二人揃っての久方のバカンスで、日本に一時帰国いたしました。
もう、日本って、何で 何もかもがあんなにおいしくて、心細やかなサービスで、
快適な国なんでしょう?
たくさんのお友達にも会って、大変お世話にもなって、
何もかもが至れり尽くせりの日々でありました。
お目にかかるのは初めてでも、生活のこと、好きなもののことは何でも知っている! という、
ネットを通じてのお友達にも、2人もお目にかかることができました。
後半1週間はフランス人友人夫婦を案内しましたが、
よく日本のこと、特に私のことを解ってくれたようで、旅の目的達成でした。

日本でのことは、改めて少し写真などアップしたいと思っております・・・って
夏山のレポートもまだなのに・・・????

11月末に日本から戻り、今回は本当に辛かったでした。落ち込みました。
こちらの生活に、出発前のように順応できなくなっていました。
日本が良すぎたのです。日本の心配りモードがなかなか戻らなかったのです。
もっと鈍感にアグレッシヴにならないと生きていけないここの生活に、
とても抵抗を感じ、戻れなかったというより、戻りたくなかったとでも申しましょうか?
おまけに、時差でまだ疲れ果ている週末、クマの娘が早速やってきて、
翌週末も続けて来るという言葉に、日本ではありえないこのシチュエーション! と
とうとう私は彼女の前で大爆発、泣かしてしまいました。
鬼です。
その出来事に、その後1週間以上、自分自身が傷ついて落ち込みました。
涙がたくさん出ました。

そんなある日、日本で暮らすフランス人のマチュウ君にチャットをしてこぼしたら、
『バカンスだったからだよ』と一言。
そうです。
日本で生活するとなると、それは相当の困難があったのを
フランス人化した私はすっかり忘れて、いい面しか見えなかった今回だったのです。

買って帰ってきた新しいノートブックのソニーバイオも何とか立ち上がり、使えるようになり、
落ち込んで硬くなっていた私の心のベクトルが、
なんとかボジティヴな方向にでも動こうかと、やっと震えだした頃、
12月11日 久々に銀座まで行って戻ってきた父が、具合の悪いのを、
母が鋭く変化を見つけて、救急車を呼んで、入院となりました。
スカイプを点けっぱなしにしてたので、
ピーポーピーポーの音が遠ざかって行くのがよく聞こえて、それはそれは泣けました。
あの音って、とっても物悲しいですよね。
例え、日本で、実家の側に住んでいるからって、
何ができる訳ではないのは良く分かってはいるのですが・・・やはり・・・

母が電話で救急車を呼んで、15分後には4人の隊員の方が4階まで上がってきてくださって、
とても素早い的確な処置、
ピーポーピーポーが遠ざかってから、たったの20分で、
母が携帯から、『脳梗塞が見つかった』とメールを送ってきてくれました。
その間にCT と MRA MRIの検査がもう行われているという、その日本の医療に脱帽でした。
あそこまで早く対処して何かあっても、もう文句の言いようがありません。
フランスだったら手遅れだったかもしれません。
MRAの検査などは、まあ早くて1週間しないと結果は出ないでしょうね。

2年も前から糖尿と動脈硬化を指摘されていながら、煙草もやめず、
全く摂生のない生活を送ってきた父が、なるべくしてなった病気です。
でも本人は、こうなって初めて事の重大さを認識したようです。
母がどんなに言っても、自分のケースではないと、聞く耳を持たず、
病気から目を背けてきたのです。

その後、入院を続けて、病院食と禁酒・禁煙・お薬で、
さしすせそが言えなくなったのや、難しくなった歩行のリハビリを続けて来た父。
最初は血圧が高くて歩行練習もままならなかったものの、外も歩くようになったそうです。
携帯で私とメールのやり取りもできます。
でも明日27日は朝から、局部麻酔で、腕から脳の中の血管にカテーテルを入れて、検査です。
脳を見た後は、今まで痛かった足も、下肢動脈閉塞 で血液が行き届いていないと診断され、
その血流や血管の様子も検査です。
果たして父のもろくなった血管がそのカテーテルに耐えられるか…
リスクが伴います。
だからといって放置しておく話じゃないでしょう。

母はこの検査をとってもネガティヴに考えてしまって、
最悪のことばかりを言います。
「医者はそうやって実験的に手術をして、いい結果を出したいのよ」とか言って、
とっても否定的です。
もうその病院に入ったからには、運命で、
そのお医者様に診断していただいて、
そのお医者様の判断で処置をお願いするしかないでしょう。
母はもう病院にさえも毎日行けないくらいですので、到底無理ですが、
もしかして、私が近くにいたら、走り回って、
この状況をもっと他の病院の他の専門医に相談するべきなのでしょうか?

母にとっての最悪とは、父の『死』ではなくて、意識が無くて生き続けることでしょう。
確かに明日の検査はそのリスクがあるかも知れません。
でもそれって飛行機や車に乗ったら事故に会うかも というのと同じ話ではないかしら?

父がこんな風に倒れたのは、先日私がクマの娘を泣かした、そのバチが当たったんだ・・・
などと、最初は思ってしまいました。
でも、そんな風に考えることは何の役にも立たないので、なんとかやめました。
母は12月中旬にまたパリに来る予定でした。
でもそれは当然キャンセル。
父は、『行ってこい』などと言って、ぜんぜん分かっていません。
早く予約することによって、安くなったホテルの部屋は、キャンセルが利かず、
私も一緒に観るはずだったオペラはもちろん、母が一人で観る予定にしていたバレエも
私がわざわざパリに宿泊して観ました。
クマもパリで仕事があるという前の晩は、一緒に泊まってくれました。
でもどうしても1週間ぶっ通しでパリに滞在することはできず、
たくさんのお友達に声をかけましたが、皆さんノエル前の忙しい時期で、ままならず、
やっとY嬢が無理やりお仕事を早退してパリに行って、
バレエを観て、ホテルも1泊使ってくださいました。ありがとうございました。

クリスマス色のパリで、家族のみんなへのプレゼントを買ったりもできましたが、
やっぱりちっとも楽しいことはありませんでした。

そんなさなかに 私が大好きだった、カリフォルニアのシンガーソングライター
ダン・フォーゲルバーグが前立腺がんで亡くなった訃報にも触れて、なおさらでした。

その後、なぜかクマの娘には、今まで無かったような気持ちで、接することができて、
先日のことを謝ることもできました。
落ち着いて、コミュニケートをとって、言いたいことも言えるようになりました。
こんなことは初めてです。
なんか彼女の魂とは前世から何かがあるように思うし、
それは私の父の魂とも深くかかわっているのを今回感じました。
父のことを想ってから彼女と接すると、不思議と穏やかな気持ちになれるのです。
何ででしょう?
小さい時から今もバレエをずっと続けていて、
でもパリバレエを一度も観たことないクマの娘に是非見せなければ・・・と
6月から席を予約していた、バスティーユの『くるみ割り人形』。
23日の日、クマがパリに彼女を連れて来て、
3人でレバノン料理を食べたり、デパートでお買い物をしたりして、
今まで経験したことないような穏やかな気持ちで自分がいられて、
今思い出してこうブログを書いていても、そんな風にできたのが、
今まで数年間、彼女の存在が、このシチュエーションが、とっても苦しかっただけに、
涙があふれてきます。
なぜでしょう? とても不思議です。

明日、といっても私にとっては夜中の2時3時ですが、
父の検査がうまくいくように 般若心経を唱えようと思います。
別に何のお祈りでもいいんだけど、なんか祈らずにはいられなくて、
そうなると手っ取り早いのが般若心経だからです。
母が朝の4時頃メールで結果を送ってくれるはずです。

明日の朝9時からのジムの、今年最後のリフェン先生の太極拳は
もしかしたら寝不足で行けないかも。
でも行かないと、あのクラスは、人が少ないし。
それには今からDVDも観て、ちょっとは練習しないと。

長くなっちゃいました。
自分の気持ちを静めるためにブログを使っちゃいました。
お付き合いくださった、皆様、ありがとうです。
早く心が穏やかに静まりますように。063.gif

気分が明るくなるように、スキンを黄色にしてみました。
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by tchierisu | 2007-12-27 02:58 | 生活




ブログの頭のカレンダーを見ると、また更新していないぶりが目に付いてしまいます。
で、今回またまた言い訳です。(笑)

春になると、子犬も売れるように、
人は新しいことを始めたくなるようです。
私の身辺にもここ2週間でいろいろ新しいことが起きています。

その1
3月12日 オペラ好きの母は今回2週間、ドイツのドレスデンに
リチャード・ストラウス10夜を聴きに旅立ちましたが、それはさておき、
この日から私は、天気がいい朝は、オオキミと森の中を1時間以上歩くようになりました。
最初の1週間は夕方も歩いて、毎日合計8キロくらい歩いていまして、
さすがにこんなことを急に毎日始めると、背中やら三里の辺りやらが筋肉痛でした。
雨の日はちょっと流石に歩けません、
週末もクマと何か工事しなければならないことが多く、お休みとなります。
でも、1週目は4日間朝晩、1日朝だけの合計5日間。
先週は雨が多かったですがその分週末も歩いたので、朝だけですが4日間。
今グーグルアースで今朝歩いた道程を測ってみましたら5.5キロありまして、
まあそのくらいをがんばって細く長く続けております。
朝まだ体温が上がっていない時にはゆっくりの方がいいそうで、
でもオオキミが興奮でなかなか大変ですが、
帰って来ると汗ばんでシャワーを浴びて気持ちもしゃきっ!
すこ~しずつではありますが体重も減ってきています。ほんと、すこ~し。
刺繍やパソコンで痛んだ腰や目にも大変いいようです。
もう筋肉痛もなくなり、豆ができてしまう古い靴も新しいリーボックに買い換えて、
毎朝気持ちよく歩いております。
でも時々オオキミが呼んでも来ないことがあり、困ったもんだ....
オオキミは毎朝ウサギやキジを追って走り回っては暑くなり、
森の中の、そんなにきれいとは言えないARDOU川にジャブジャブ入って
がぶがぶ水を飲んでしまいます。しょうがないか...。
だから回虫がいたのかしら?
これまたカメラなんかもって歩いていなくて、写真がアップできません。
いつの日かお見せすることにいたします。


その2
今まで1人に方にお教えしていたフランス語の家庭教師のお仕事でしたが、
もうひとかた生徒さんが増えました。
その方は去年11月から赴任されたご主人と一緒にオルレアンで暮らし始め
フランスを学ぼうにも、大学の他に語学学校がないので、
試しに日本語で「オルレアン 家庭教師」で検索して、
私のこのブログにたどり着いて、前から私の記事を読んでいらっしゃったのでした。
でもコンタクトしたものかどうか迷っていらしたところ、
京子食品や北海水産の記事も読まれ、もしやと思い、
ご主人の会社の他の奥様にたずねられ、
たまたま私とその奥様がこれまた初めてお目にかかった日で、
リアルにご連絡ができたというわけです。
もう日本で1年しっかりお勉強されていて、
AVOIRとETREの活用も空で言える状態でいらっしゃるし
何よりも今とってもお勉強されたい虫が騒いでいる時なので、
カチカチのスポンジに水がスーッとしみていくように、入っていって、
宿題もこなしてくださって、お教えし甲斐があるというものです。
私も久方ぶりにしっかり準備をしてお稽古(この言葉が好き 笑)に出向いております。
まだ調子がつかめないし、おしゃべりも楽しいので、
時間がだいぶオーバーしてしまったりしてご迷惑をおかけしておりますが、
やっぱりこのお仕事、私は好きなようです。
始めてかれこれ20年になりますものね~。
私自身もいかに日頃いい加減にフランス語を流しているかを再認識。
勉強になります。
明日もその方のお宅に伺います。


その3
京子食品、北海水産をご縁に、
オルレアンでの日本人の方との新しいネットワークが広がって来ました。
ミクシイとブログを始めてから、バーチャルでたくさんの方とお知り合いになりました。
でも、リアルにオルレアンにお住まいの日本人女性で「はじめまして」を交わした方は
実に10人にのぼり、その数はこれからも増えていくことになります。
驚きです。

実はパリで仕事をする前、今から5年位前に、オルレアンで家庭教師をしていた頃、
精神的に不安定だった私は、お世話になったある方(ここで仮にAさんと呼びます)に
とても失礼な態度で接して、その後お付き合いできないようになってしまいました。
Aさんは私がパリで忙しさにかまけていた間に日本に帰国されてしまい、
その後私は「もう私にこりごりとされているだろう」という落ち込みと共に、
ご挨拶するための連絡先を追うことなく、時が過ぎていきました。
当時フランスにアンテグレすることに必死だった私は、
日本の社会とこちらのそれとの間で上手に振舞えず、苦しんだ挙句、
Aさんに甘えてあんなにお世話になっておきながら、
最後にとてもいやな思いをさせてしまったのです。
今当時の自分を振り返ると、精神的につらい時であったとはいえ、
人として本当に未熟であったと恥ずかしい限りです。
そのことはその後数年来、私の胸の中のしこりとなっていました。
でもパリの生活を終え、当時と比べて私もずいぶん精神的に成長安定し、
ファクターだった私自身の大きな悩みの種も、「考え方ひとつ」と割り切って、
まだまだ完全ではありませんが、なんとか解決できるようになって来ました。
でもAさんへの過ちは拭い去れたわけではありません。
その後数年の間、新たに日本人の方とお付き合いするのが、とても躊躇われていました。

ところが、この度、Aさんをご存知の方とお目にかかる機会がありました。
きっとAさんから私のことをいろいろ聞いていらっしゃるかも知れない、と
正直なところ、お目にかかるのがとても怖かったです。
でもその方は何もご存じなく、でも私は私の思いをお話し、
その方からはやさしい言葉をかけていただきました。
Aさんには、いつか会う機会が来るまで、
いえ、もしかしたらもう二度とお目にかかることもなく、
一生お詫びすることはできないかも知れません。
でも周りの方からやさしい言葉をいただいたことで、
なんか、とっても勝手な解釈なのですが、胸のしこりが小さくなったようで、
長年の苦しみが少し薄らぎました。
勇気を出して、新しい方々と「はじめまして」を交わせてよかった。

人生でお世話になった方、お詫びしたい方ご本人に、
直接お返しをすることはとても難しいことです、時にそれは到底無理なことです。
なので、その時々で、できる方にできることをして差し上げることで、
それを償うようにして行く...ということを、以前恩師より学びました。
20代の頃は当のその恩師にもとてもお世話になりましたが、
実際は何もお返しができません。
新しいネットワークの中で、お付き合いさせていただくことはありがたいこと、
これもやっぱりご縁です。
今は当時よりもひとまわりもふたまわりも幸せで、心に余裕ができた自分がわかります。
今度はみなさんと上手に楽しくお付き合いできそうです。
こんな私ではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
...と心から申しあげる次第なのであります。





春だから始めた? 新しいできごとはまだあります。
その4以降は次回に続く...

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by tchierisu | 2007-03-26 07:07 | フランス生活